テレビ好きぴえーるの日記

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にっぽん縦断こころ旅2018秋~栃木県3日目、火野正平さんの自転車旅!*ネタバレあります

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BSプレミアムで放送中の「にっぽん縦断こころ旅」2018秋。11月15日放送分は、足腰の健康に御利益のある、栃木県栃木市の太平山神社の中にある、足尾神社前でオープニングでした。

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お参りする正平さん。こころ旅HPよりお借りしました。



「どうも北海道で、777段の階段を上り下りしてから、なんか具合が…。」と言う正平さん。しっかりお参りしていました。

ちなみに777段の階段を上った旅の日の記事です。↓

 

www.lovetv.site

正平さんは神社の売店「山田家」さんに寄りました。天気も良く、そこからは景色が一望できました。

786日目、栃木県3日目は栃木市の旅

公式HPです。↓

www4.nhk.or.jp

お手紙の内容

今回のお手紙は、下野市の女性から。

昭和49年2月4日。お手紙の方のお母さんが、腎不全で42歳で亡くなられました。

病院で付き添いをされていたお姉さんから「容体急変で危篤。早く来て。」という連絡があり、風邪で学校を休んでいた高校1年生のお手紙の方と、大学受験を控えていた高校3年生のお兄さんと二人、無我夢中で自転車を走らせたそうです。

自宅から下都賀病院までの何ともどかしく遠いことか。嘉右衛門町辺りは通いなれた通学路なのに…。とはやる思いでペダルも外れ、前に漕ぎ出せなかったといいます。

20メートル先を走るお兄さんが振り返り振り返り「大丈夫か?」と叫んでいて、息を切らしながら「先に行って早く。間に合わないよ!」と半べそをかきながら言うと、「早く早く、一緒に行くぞ。」とお兄さんは立ち止まるお兄さん。

やっと病院にたどり着いた時、お母さんは10分前に死んだと聞かされました。

もう少し早く支度をしてもう少し早く自転車を漕いでもう少し早く走って…と頭の中で「もう少し早く。」がぐるぐるとうずまいたといいます。

42歳という若さで逝ってしまったお母さん。今年還暦を迎えたお手紙の方は、お母さんの歳をはるかに超えてしまったといいます。

一昨年、嘉右衛門町辺りが重要伝統的建造物群保存地区に指定されて、「嘉右衛門町」と耳にする度にあの日の「もう少し早く」がお手紙の方の心をしめつけるのです。

泣き泣き自転車を走らせた日光例幣使街道嘉右衛門町辺りを是非、正平さんに走って頂きたい、というお手紙でした。

 

お団子と玉子焼きに、じゃがいも入り焼きそば

正平さんは売店の方にお団子と大きな玉子焼きを頂いてました。とても大きくて美味しそうでした。

 

お店の方に見送られて7km先の嘉右衛門町を目指します。

山を下りてきて「楽ちんだった~!」という正平さん。今日は短い上に道もショートカットしました。

昼食出来る場所を探していたのですが、今回久しぶりに断られていました。初期の頃はよく断られていましたよね~。常連客がたくさん来るため、撮影対応が出来ないとの事でした。

「飯食えねえ!」と言いながら、町の中心街に出ました。

次に入った「小江戸そば」と書かれたお店に入ると、先にいたお客さんが焼きそばを食べているのを見ます。じゃがいも入り焼そばが名物なんだそうです。

正平さんはその「じゃがいも入り焼きそば」を注文。スタッフさんのカレー焼きそばが先に運ばれてきました。焼きそばと別に小鉢にカレーが入っていました。

正平さんの分も運ばれてきて「おじゃがが入ってる。名物です。」と言って食べ始めた正平さん。ソース焼きそばでした。「うん、食べられてよかった。」とホッとしながら食べていた正平さんでした。

 

…とここまでが「朝版」です。

 

先に下都賀病院に

お母さんが入院されていた下都賀病院は、現在統合され移転し、跡地が残っているとのことで、病院前というバス停のところにあるといいます。

例幣使街道に向かう前に、下都賀病院跡地に行くことになりました。

 

走っていた道の左側に「下都賀総合病院第二駐車場」の看板が見えてきました。駐車場にはロープが張られていて使えないようになっていました。病院の建物も残っていて、見ることが出来ました。

「一生懸命走ってきたところ。ほんとだ、やってないや。」正平さんはつぶやき、先に進む事になりました。

 

蔵の街とうずまがわ

お手紙の方が走ったルートとは逆方向に、嘉右衛門町に向かって走ることになりました。途中車を避ける為にショートカットした道を走りました。

お手紙の方も自転車で走ったいうことでしたから、きっと同じ道だったんじゃないでしょうか?

 

走っていると、きれいな柵で囲まれた運河のような川がありました。蔵の街通りだそうです。昔のお店を思わせる古い建物が並ぶ、風情ある街です。

蔵の街|観光情報検索 | とちぎ旅ネット

 

「うずまがわ」と書かれた橋を渡り、街の中心街に入っていきました。「朝版」ではここで一旦昼食タイムに入っていました。

 

日光例幣使街道

「とうちゃこ版」では街をどんどん進み、市役所の前を通りました。

すると「嘉右衛門町重要伝統的建造物群保存地区」の案内板を見つけ、その案内板にあった地図の通りに進む事になりました。「日光例幣使街道」と書かれた案内板も見つかり、そのまま進んでいくと、それまで車の音がしたのが、静かになりました。

カーブの多い道をゆっくり進んでいく正平さん。現代的な建物もありましたが、昔の商家っぽい建物が混在していました。

 

こころの風景

途中から、お手紙の方が走ったと思われる道をたどっていきました。なだらかなカーブを過ぎると真っすぐに走れる道もありました。正平さんは「ここを一生懸命走った。」と言いながら走りました。

途中左側に「岡田記念館」という建物があったので、チャリオを降りました。「畠山陣屋址」というのも見えました。

岡田記念館の門の前に立った正平さんが「嘉右衛門の町名のが分かった。岡田記念館があって、岡田嘉右衛門さんが昔いたから嘉右衛門町になった。」と表札を指さしながら言いました。

記念館は休館日だったようです。

 

正平さんは記念館の前でお手紙を読みました。

お母さまへの思いが溢れたお手紙で、とても切ない気持ちになりました。

 

「走ってみたよ。うん、こういうお手紙でここに来た。知らなかった。栃木市に友達がいるんだけど、知らなかったな。」と正平さんはしみじみおっしゃっていました。

 

重要伝統的建造物保存地区に指定されたという道は、とても風情があって、是非観光で訪れたい素敵な街並みでした。

 

 

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