テレビ好きぴえーるの日記

テレビ好きの主婦によるドラマ、バラエティ、旅番組、入院生活などの雑記ブログ。

にっぽん縦断こころ旅2018秋~北海道7日目、火野正平さんの自転車旅!*ネタバレあります

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BSプレミアムで、「にっぽん縦断こころ旅 2018秋」が放送中です!放送時間は、「朝版」月~金、7時45分~。「朝版」再放送が月~金、11時45分~で15分番組。「とうちゃこ版」が夜7時~7時29分までです。「とうちゃこ版」再放送は、土、日の朝11時30分~11時58分までです。

www4.nhk.or.jp

放送日の今日、10月5日も朝9時前に北海道胆振地方中東部で、震度5弱地震がありました。私は「あさイチ」を観ていたら緊急地震速報が出たので、座っていた椅子をずらしてテーブル下に潜り込もうと構えました。

緊急地震速報は、全国のテレビで表示されるようになったんですね。引き続きNHKを観ていましたが、大きな混乱はなかったようなので安心しました。

 

もくじ

 

 767日目、北海道7日目は赤平市の旅

「こんちわ~す!おはよ~す!」と、昨日の放送に引き続き今日も、脳みそ夫さんのギャグで登場の火野正平さん。北海道赤平市にある虹かけ公園の鐘を鳴らしてご機嫌でした。

スタッフの方から反応がなく、もう一回「こんちわ~す。」とかますも、苦笑される正平さん。スタッフさんたちは脳みそ夫さんを知らなかったようです。流されててちょっと可哀想でした。私は面白かったです。よく知ってるな~と思いました。

 

お手紙の内容

今日のお手紙は、札幌市の69歳女性から。お手紙の方のこころのふるさとは、生まれ育った赤平のズリ山です。最盛期6万の人口もその後、4山あった炭鉱が次々と閉山し、今は1万弱とか。

お手紙の方の母校、赤平小学校、二葉中学校、赤平西高校は閉校し、商店街はシャッターが下り、活気に満ちていた頃が懐かしいとのこと。

今では無人駅となった駅裏に、石炭の廃石(ズリ)で出来たズリ山があり、777段の階段はズリ山として日本一の段数とのこと。毎年夏に行われる「あかびら火まつり」では、赤いふんどし姿のランナーが、ズリ山に駆け上がり「火文字」を灯すそうです。

正平さんに、ラッキーセブン777段の階段を上がり、どうか頂上から赤平のまちを一望して欲しいとのことです。

お手紙の最後には、まちはさびれても思い出は美しくさびれることはありません。閉山して転居された友も見てくれていることを願って。と締めくくられていました。

正平さんは手紙を読んで「えらい手紙来た~ズリ山っていうのは、九州でいうボタ山だな。あっちではボタ山、こっちではズリ山。ラッキーセブンと書いてあります。僕は7と言うのはラッキーと思った事は一回もありません。」といきなり旅への不安を口にします。

お手紙の内容にいちゃもんをつけるのも正平さんのお約束。お手紙の方も分かっていて「足もお疲れとは察しますが…」という一文をつけてらっしゃいました。こういうやり取りも、正平さんのキャラを分かっていればこそ、です。

さぁ、どうなるか?

 

赤平駅目指して

今日は777段を目指すので、自転車の距離は短めです。が、長い上り坂で、なかなか新しいチャリオの調整がうまく出来ていない様子。途中で技術さんに見てもらっていました。操作方法を詳しく教えてもらい、再出発です。グッと軽くなって楽になったようです。

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道の途中で小さなお城がありました。「なんじゃありゃ?誰かがシャレで造ったな。」とつぶやく正平さん。調べてみたんですけど、赤平徳川城という城では?と思います。人形メーカーが造って今は閉鎖されてるみたいです

 

赤平駅へ着きました。とても無人駅とは思えない立派な駅!表には「交流センターみらい」と書かれている下に「赤平駅」とありました。中に入ると今は人がいました。電車は地震で運休しているとのこと。駅の方に聞いてズリ山の位置を確認。高くてビックリする正平さん。

「今勘弁して欲しいと思ってるところなんですけど…。」と気弱な事を言っていました。

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ズリ山の階段のあたり。こころ旅のHPよりお借りしました。

 

ランチは鍋焼きうどん

ズリ山へ向かう途中、ランチを取る事に。正平さんは鍋焼きうどんを注文。お店の方は「昨日から。」と言います。タイミングよかったですね!

正平さんこの週4日間走って、「最初に蕎麦食って、ラーメン食って、昨日スパゲティだったんですよ。で今日どうしてもうどんで。」と言うとお店の人は「大丈夫です。」と言って笑ってくれました。皆に注目されながら食べた鍋焼きうどんでした。

 

炭鉱の遺構を探して

「とうちゃこ版」では、「元炭鉱の町って気がしないね。夕張はそれなりにしたんだよ。」と言う正平さん。どこか炭鉱の形跡がないか探す事になりました。

走っていると鉄骨で組まれた建物を発見。炭鉱立坑跡でした。「何も教えられなければ、なんじゃこりゃってなるよね。」正平さんは言います。あと、お風呂場の跡の建物も発見しました。

無事炭鉱の形跡を見つけ、赤平駅方面に戻り、ズリ山へ向かいました。

 

こころの風景

ズリ山階段と矢印のある方向に曲がると駐車場があり、チャリオとはここでお別れ。

案内板には、昭和38年ごろのズリ山の写真があり、炭鉱の跡らしくはげていましたが、現在は木がたくさん植わっていて、見た目に全く炭鉱だったとは分かりません。階段に向かっていく歩道の左わきには、選炭工場跡があり、古いコンクリートの建物がありました。

そしていよいよ777段の階段を上り始めました。一段一段左脇に、数字が人の名前と共に書いてありました。この数字の立て札を立てた人の名前でしょうか?

階段の両脇には、根っこのはった木が植わっており、とてもズリ山とは思えません。炭鉱の山とは思えません。

500段辺りになってきて、下からみたオレンジの部分が見えてきました。階段の幅も広がって来て歩きにくくなっていました。看板には「もうひといきだ ガンバ ガンバ」と書いてありました。

652段のところで「ここでちょっと一休み」という看板と、右脇に休憩できるようベンチが置かれてありました。「もうちょっとや、最後の休憩しようぜ。」と息がだいぶん上がってきた正平さんたちは、ここで休憩を取りました。

休憩場所から振り返って地上にいるカメラに手を振ると、地上のスタッフの人たちも手を振ったようです。「行くで。あと100!」と正平さん。気合を入れ直してまた登り始めました。頂上付近にになって、トンボが周りを囲みます。正平さんはと数十段を一気に駆け登りました。

頂上に置かれたベンチには、たくさんのトンボが止まっていて、「トンボさんがいっぱいお出迎え。スゴイ。」と正平さんは言います。座れないぐらいの数のトンボがベンチに止まっていました。

振り返って下の方にあった駅を眺めて「あそこから来たんだもんな。」とつぶやきます。「いや、気持ちがいい。ここで石炭があるってどこで見分けるんだろうね。」と今は木がたくさん植わって普通の山に見えるズリ山を見て言います。

正平さんは一本指を立ててトンボを誘いましたが、全く見向きもされません。トンボたちはベンチの方がいいようでした。

手紙はベンチに座ってではなく、777段目の階段に座って読みました。

「北海道2週、終わりました。次北海道から海渡って青森に行きます。この2週間で北海道、おっかない事があったりしたけど、被災した人たち、くじけないで頑張ってください。」

正平さんは、手紙を読んだ時同様、カメラに背中を向けたまま、来週の案内と、北海道の人たちへのメッセージを送りました。そして元気よく階段を下りていきました。

北海道の旅は台風、地震と立て続けに災害が起こりました。今日10月5日も、北海道に大きな地震が起こりました。今年は日本国中どこにいても災害ばかりです。

どこにいても他人事ではありません。今日の緊急地震速報、北海道から離れている私も緊張しました。

これからどうなるか分かりませんが、どうか無事にこころ旅が終えられますように。