テレビ好きぴえーるの日記

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にっぽん縦断こころ旅2018秋~岩手県1日目、火野正平さんの自転車旅!*ネタバレあります

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BSプレミアムで放送中の、にっぽん縦断こころ旅2018秋は、岩手県に入りました!「ちょっと古いけど、じぇじぇじぇの所にいます。」と挨拶する火野正平さん。日本最北の海女がいるところ、岩手県久慈市の、すわ緑地公園でオープニングです。

もくじ

 こころ旅がスタートした年の津波がここまで来たと言って、正平さんが指さしていたモニュメントは、とても高く、津波の高さを物語っていました。

 

772日目、岩手県1日目は野田村の旅

撮影日の早朝に台風24号が通過し、風が少し残っていました。10月1日だと思われます。

お手紙の内容

今回のお手紙は、福島県西郷村の56歳男性から。こころの風景は、お手紙の方の母校、岩手県沿岸北部にある、野田中学校の校庭をぐるりと囲む三角コースの一部をなす、一直線の上り坂です

幼い頃から運動音痴だったお手紙の方は、相撲や柔道で数々の武勇伝を持つ強い父のようになりたくて、中学では柔道部に入部したそうです。

直後、担任の先生から校内放送で呼び出され、本当に柔道部でいいか確認されるほど、傍目にも無茶だと思われていたとのこと。というのも、当時の柔道部は、全国大会に出場するほど強く、練習も相当に厳しいところだったから。案の定、全くと言っていいほどついて行けなかったそうです。

まず最初に度肝を抜かれたのが、この三角コースの上り坂を使ったうさぎ跳びです。先輩方はノンストップで物凄いスピードで上り切っていたとのこと。当時、走って上る事もおぼつかないお手紙の方にとっては、信じられない光景でした。

当時、足腰の鍛錬と言えば、うさぎ跳びが定番でした。この坂の他にも、愛宕神社の石段、校舎の長い廊下、そして太平洋を望む十府ヶ浦の砂浜。色んな場所が練習に組み入れられていたとのこと。

当初はギブアップしてばかりだったのが、夏の練習で初めてやり遂げた直後の、膝の大笑いや翌日の強烈な筋肉痛などに、妙な充実感を覚えたのも懐かしい思い出だそうです。

東日本大震災後、校庭には仮設住宅が建てられ、野球部などはグランドを借りて練習していたとのことで、毎年帰省はするものの、訪れることもほとんどなくなったそうです。

震災から7年が経ち、校庭は復活したとのこと。三角コースで鍛える子供たちの姿も戻っているのか、正平さんとチャリオ君に上り坂で恐縮ですが、母校の現状を覗いてみて欲しい。というお願いでお手紙は締めくくられていました。

 

久慈駅と「あまちゃん」で外観が使われたビル

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あまちゃん」で外観が使われたビル。こころ旅のHPよりお借りしました。

正平さんたちは、三陸鉄道北リアス線輪行する為に久慈駅へ行きました。久慈駅と書かれた横に「琥珀王国」と書かれてありました。駅の中には「うに弁当」と書かれたのぼりもありました。

宮古行きの三陸鉄道に乗った正平さん。運転士さんに声をかけ、正面からカメラで撮るので「一緒に映ろう。」と声をかけていました。

これって多分、ほんとはダメなんですよね~?運転士さんも断れない感じで困った感じでした。乗客の人たちもリアクションに困っていました。

列車が出発すると、「あまちゃん」のオープニング曲が流れました。

懐かしかったです。さすがNHK

1両だけの列車が駆け抜けるのを正面から撮っていて、とても絵になりました。そして「あまちゃん」に出ていなかった正平さんが手を振っているという、ちょっとした違和感が面白かったです。

陸中宇部(りくちゅううべ)駅まで一駅、輪行しました。結構長かったそうです。

「とうちゃこ版」では、「あまちゃん」の曲は使われていませんでした。「朝版」を観た人だけが聴けたみたいです。

野田中学校の上り坂について聞く

駅を出発した時に、今日のロケがお昼出発で早くお昼を食べるように言われて困ったと正平さんが愚痴ってました。なんか食べたそうでした。ここからチャリオです!

陸中宇部駅から、陸中野田駅方面に走り出しました。

途中、野田駅を越えたところで、「野田中学校」という案内板を見つけてその方向へ向かうと、お手紙に書いてあった愛宕神社の前を通りました。石段が奥の方に見えて、正平さんは「お手紙、あそこでうさぎ跳びじゃなくてよかったね~。」と漏らしていました。

けれど、お手紙の方は実際愛宕神社でうさぎ跳びをされたという事だったので、正平さん一同驚きます。ものすごく急な階段でした。私もビックリしました。

正平さんはここで休憩しました。男性が話しかけてきて、どこからどこへ行くのか聞いて来られました。

久慈駅から三鉄乗って宇部に来て、まっ平でここまで来て、ここまでは楽でした。この頃俺も年を取ったから、皆なるべく距離を短めにしてくれて。昔は40、50平気で走らされたんですけど…。」と正平さんは漏らします。

考えてみれば、来年70歳になるんですよね、正平さん。スゴイですよ!

 

正平さん、男性に「役者ってこと、ご存知ですか?」なんて聞いてました。一般の人に自分自身が何をしている人と思われてるか、確認したかったんでしょうね!

こんなやりとりが面白いです。

「とうちゃこ版」では、男性のお孫さんが野田中学校に通ってるとの事で、お手紙に書かれてあった上り坂について尋ねました。すると、そのお孫さんは自転車通学で、学校に着く頃は疲れてしまうようと言います。ゆるやかに続く上り坂なんだそうです。

撮影の日は台風が来ていたので、学校が休みだったとのことでした。

有力な情報を手に入れて走り出すと、聞いていた緩やかな上り坂が出現しました。息遣いも荒くてしんどそうです。先に進むと道が右左に分かれていました。正平さんたちは左の道を選びました。

校庭が見えるところまで上り、一旦チャリオを停めてお手紙の方が言っている坂が、今来た坂か、もう一つの坂か、判断に迷ってしまいました。

正平さんは、まだまだ続くゆるやかな上り坂を上るのに限界が来て、ここでチャリオを降り、学校の人に聞く事になりました。

www4.nhk.or.jp

こころの風景

坂を上って中学の敷地に入り、校庭を見ると、ずっと先に海が見えました。十府ヶ浦です。お手紙で書かれてあった風景が次々と見つかりました。校庭の形は野球のグランドの形に似て、三角に近い形で残っていました。

 

今日は台風で生徒は来ておらず、先生だけが来ていました。先生に話を聞いて、40年前の事は分からないが、一直線の坂なら、もう一つの坂だろうという事で決めました。さぎ跳びは今はやっていないという事でしたが、今でも走ったりしてその坂を使っているとの事でした。

 

実際行ってみると確かに真っすぐの道でした。お手紙の方のおっしゃる風景が見つかりました。

正平さんは上り坂のところで手紙を読みました。坂を下った先の方に海が見えて、とてもきれいな風景でした。

 

岩手県1日目。台風で今の子どもたちが走る姿は見られませんでしたが、キレイな風景を見せてもらう事が出来ました。

台風通過で天気も良くて、とても気持ちよさそうでした。