テレビ好きぴえーるの日記

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にっぽん縦断こころ旅2018秋~岩手県2日目、火野正平さんの自転車旅!*ネタバレあります

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BSプレミアムで、「にっぽん縦断こころ旅」2018秋が放送中です。今回は岩手県山田町の御蔵山でオープニング。山田湾が望めました。

「久慈というところ、昨日スタートして、どんどん南下どんどん南下で下りて来たんだけど、ずっと工事してる、ああやって。国道走って来たけど、何も見えんかったもんな。壁ばっかりだ。」と海沿いに高く造られている防波堤を指さす火野正平さんでした。

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山田湾の風景。こころ旅のHPよりお借りしました。



 

もくじ

次に、海にある島を指さして「大島と小島。前来たことあるって。いかだは何のいかだ?牡蠣か。山田湾、ここからスタートします。」と、2013年秋、山田湾に面した織笠漁港を訪ねた時のことを話していました。今回のロケもお天気がいいです!

 

 773日目、岩手県2日目は山田町の旅

お手紙の内容

今日のお手紙は、岩手県盛岡市の69歳男性から。正平さんに行って欲しいところは、岩手県山田町船越田の浜の荒神社。地域では、尊敬の念から愛情をこめて「荒神様」と呼ぶそうです。

お手紙の方は今は、盛岡に住んで8年目になるそうですが、東日本大震災前までは、山田町船越田の浜地区に住んでいたとのこと。

震災で家、家財などすべて失い、身体一つで奥さんと1ヶ月間、陸中海岸青年の家に避難し、その後娘さん一家が住む盛岡に来て居を構え、今日に至るそうです。

最初の頃は、ふるさと山田に、一か月あるいは2か月に1回は帰省していたが、今は年と共にその回数が減ってきて、帰省しても、なかなか行けないのが荒神様です。

船越半島船越湾の一端に位置していて、地域の漁業発展の守り神とされており、また、海水浴場や夏のお祭り、さらには二人娘のお宮参りしたこともある大切な場所。

震災前は、正月の元朝詣りから始まって、日々の歩きのコース。夏には束の間の海水浴など、しょっちゅう行くことがありましたが、震災後は翌年に一度行ったきりで、以後は行く気持ちがわかないそうです。

震災に遭ってから、海に近づくことに不安があり、その怖さから荒神様までの海岸線の道を通る事が難しく、山田に帰省しても、荒神様になかなか足が向いてくれないとのこと。

そのうち自分も何とか気持ちを切り替えて荒神様に行ってみたいと思っているが、まだここ数年は無理のようだとお手紙の方は書かれていました。

今の荒神様のお社がどうなっているのか、周囲はどうなっているのか、色々知りたいとのことで、正平さんに荒神様の今をテレビで教えて欲しい。というお手紙でした。

ランチはカレードリア

お手紙の方と同い年の正平さん!「教えましょう!荒神様。」そう言って出発です。約10kmのルートで「荒神様」を目指す度が始まりました。

建築途中の住宅が並ぶ前を走る正平さん。すぐにご飯屋さんに着きました。正平さんはカレードリアを注文しました。中身がちゃんとカレーのカレードリアでした。

少し食べた後、恒例のタバスコタイム!

今日は口に入れる前にむせました。味も合っていたそうです。ちゃんとお約束はこなす正平さんでした。

穏やかな海沿いを走る

食事後、踏切にさしかかりました。そこは線路がまだ塞がれていて、明らかに列車が通らない踏切で「これも一旦停止しないかんのか。」と言う正平さんに、通りかかった車の方が「止まらなくていいの。」と声をかけて行かれました。

陸中山田駅は2019年3月に再開予定だそうです。

トンボと遊ぶ

陸中山田駅から、山田湾を海沿いを走り、船越湾を目指します。途中休憩した場所で、正平さんが左人差し指を立てて、トンボが止まるように待っていましたが、腕にしか止まってくれません。根気強く待っていたら、指先にトンボが止まりました。するともう1匹が同じ左腕の手首辺りに止まりました。

正平さん、トンボさんに大人気です。正平さん、北海道でもトンボさんと戯れていました。楽しそうなのが伝わって来て、こっちまで嬉しくなりました。

「赤とんぼ」の歌について正平さんが話していると、正平さんの頭の上にまたトンボが止まりました。指を差し出すと、指にもまたトンボが止まりました。

「結構、休憩好きのトンボだね。」次々と止まるトンボに笑っていました。

堤防の上の道路

新しい住宅がぽつぽつと並ぶ道を走っていると、クジラの絵が描かれたゲートが現れました。両端に「陸中海岸国立公園 船越半島」「船越家族旅行村」と書かれてありました。

そこを通り抜け、大きなカーブの長い道にさしかかりました。「堤防の上の道だ。」正平さんは言います。左側に海が見えました。しばらく走って正平さんは「大変だったな。」とつぶやいていました。

道路から見える景色の海側には建物がほとんどなかったんです。工事の車両と小屋らしきものが見えていました。工事中でした。

運動会があった

しばらく走っていると、学校の校庭でたくさんの子どもが走ったり、運動していました。横断幕が掲げられ、遠投をしてる子供が見えました。応援団もいて、運動会をやっていたようです。

しばらく元気な子供たちの様子を眺めていました。今年は台風の影響で、土日に運動買いが出来ないところが全国でありましたからね。岩手も平日に運動会になってしまったんでしょうね…おそらく。

www4.nhk.or.jp

こころの風景

「田の浜」と書かれたバス停を見つけた正平さん。ご近所の人に「荒神様」の場所を聞いたら、快く教えてくださいました。お話によると近くまで来ているようです。

堤防をくぐった所を左に行くとあるようで、震災の時、手前の鳥居は壊れたが、上の本殿は助かったそうです。

教えられた通り行くと、海岸線に出ました。ここでもう一人の人に道を尋ねると、ずっと海岸線をたどってずーっと奥の方にあるとのことでした。

海岸線をひたすら道なりに進むと、太陽が当たってキラキラした海が見えました。

道の上にも砂利が上がって来ていました。しばらくすると「荒神海水浴場」の駐車場に着きました。砂が多いので、ここでチャリオから降りて、歩いて荒神社に向かう事になりました。

「船越はいいところだね。こんな入り組んでる。岩の岸の近くの水はキレイ。」正平さんが海を眺めながら言いました。波が打ち寄せる浜のラインがとてもキレイで、めちゃくちゃキレイでした。水も透き通っていてとてもキレイでした。

ただ、お手紙の方が書かれてあった通り、道は海のすぐ横にあり、確かにこれは怖いだろうなと思いました。

 

正平さんがすぐ側にあった、灯籠か鳥居のあとの礎石を見つけました。そして奥へと進んで行きました。

すると海を正面に、鳥居が現れました。鳥居をくぐり「名代で来ました。」とお手紙の方の代理できたと言いながら、階段を上る正平さん。階段を上った奥の方に「荒神社」と書かれたもう一つの鳥居を見つけました。

境内には「東日本大震災 鎮魂の碑」が建っていました。平成二十三年三月十一日と日付も彫られていました。手前にあった社と、狛犬が新しくなっていることに気付く正平さん。狛犬の建てられた日付は、平成二十七年六月になっていました。

荒神社」の鳥居も新しくなっていました。本殿はまた少し階段があって高い位置にありました。震災の時は床まで浸水したものの、ちゃんと残っていました。

本殿の側にある、高い森が守ったんだろうと正平さんは言っていました。波の音はすぐそこに聞こえていました。

お手紙の方が希望された通り、荒神社の様子を映していました。誰もいなくてとても静かでした。

お手紙は、海の見えるところまで下りて来て読みました。

行く気持ちになれないというお手紙の内容と、このとてもキレイな景色のアンバランスさに、観ていて涙が出ました。こんな美しいふるさとの風景が怖いものになってしまうなんて、なんて残酷なんでしょうか。

手紙を読み終えて正平さんが「この穏やかな海を見て、この辺全部持って行かれるなんて、本当にどういうことなんだろうと思う。まあ、今こういう状態です。落ち着いたら見においで。でもな、69で俺とおんなじで、あんまりあと数年数年て言ってるうち、来れなくなっちゃうんだから、パタッと。俺だって危ないんだから。」と言ってました。

同い年のお手紙の方に対する、正平さんなりのエールだと思います。

 

岩手県2日目、本当にキレイな景色を見せて頂きました。