テレビ好きぴえーるの日記

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にっぽん縦断こころ旅2018秋~神奈川県4日目、火野正平さんの自転車旅!*ネタバレあります

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BSプレミアムで放送中の「にっぽん縦断こころ旅2018秋」。12月14日放送分は、神奈川県箱根町にある旧東海道の畑宿、石畳の上でオープニングでした。

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石畳の上を歩く正平さん。こころ旅のHPよりお借りしました。

799日目、神奈川県4日目は小田原市の旅

www4.nhk.or.jp

お手紙の内容

今回のお手紙は、茨城県日立市の90歳女性から。どうしても見たいところは、小田原市の小峰グラウンドへ通じる東海道線に架かる跨線橋です。

お手紙の方のお父さんは、女の子二人を連れた人と再婚。次にお手紙の方の異母弟が生まれました。お父さんの会社が遠いので、お手紙の方は、朝5時に起こされ朝ご飯の支度をし、夜は異母姉の夫が東京から帰ってお風呂に入ってから入り、風呂の掃除をしてから寝ていたといいます。

家族は7人で、お手紙の方は小学5.6年生でした。お手紙の方の生活は、筆舌に尽くしがたく、学校は骨休めに行くようなところだったそうです。ある日、死んでしまおうと思い、手にしていた包丁もまな板も投げ出して、家を飛び出し、夢中で駆けて跨線橋へ走ったといいます。

電車は次々と来ますが、今度こそ今度こそと思う間に電車は走り去って、今飛び降りたら、電車の屋根に落ちて死ねないなと思っている時に見えたのは、真っ白いテーブルクロスと真っ赤な花。

「あ、あれはきっと食堂車だな。」と思い、反対側の欄干に駆け寄ると電車の後ろに丸い看板がついていて「つばめ」と書いてあったそうです。「そうか、あれは“つばめ”なんだ、あれは食堂車なんだ…私も一度“つばめ”に乗って食堂車というのに乗ってから死のう。」と思い、夢中で駆けてきた道をトボトボと戻り、家に帰ると案の定散々叱られたそうです。

早く大人になって食堂車に乗ってから死のうと頑張ったお手紙の方です。

 

その後、太平洋戦争、第二次世界大戦となり、お手紙の方も環境も世の中もすっかり変わり、いつとはなく忘れていたそうです。

正平さんのこころ旅を見て、そうだ、あの跨線橋はどうなっているかしら。今思うと笑い話のようですが、その時のお手紙の方は本当に死ぬつもりだったといいます。

89歳になり、お手紙の方をあんな思いにさせた人たちは、みんなあちらへ旅立ったそうです。

長生きしているのがいいか悪いか分かりませんが、今は優しい息子や娘、かわいい孫たちに囲まれて幸せだというお手紙の方。「昨日できた事は今日も出来る。」と信じて、けして自分を甘やかさず、生涯現役で過ごしたいとおっしゃいます。

それにつけても、跨線橋は今どうなってるのか、見に行ってください。というお手紙でした。

 

寄せ木体験

正平さんは、お手紙を読んでから出発までの時間、寄せ木細工のお店に寄りました。

 

ショーケースの中に並べられた寄せ木細工を見て「すごいでしょ?どうしてこういう模様になんのかね。」と言ってました。スタッフさんが「ぐい飲み買いますか?」と聞くと、正平さんはおちょこを持っていると言って、急須やおちょこが並べられているコーナーへ行き「ほら。かわいいでしょ。」と言ってました。

おちょこや湯のみ、急須が並んでいましたが、ポイントに寄せ木の模様があって、かわいかったです。

 

お店には寄せ木が作られている工房もあって、寄せ木のきれいな模様のある板が置かれていました。お店の人が体験させてくれるとの事で、正平さんが木の板を1枚カンナで削りました。

薄く削られた板の模様はとてもキレイでした。「いいにおいするね。」と板を嗅ぐ正平さん。くすの木なんだそうです。

正平さんが好きな木ですね!!寄せ木細工をファイルに入れて頂けることになって、「うちもファイルもお返ししよう。」と番組のファイルをお店の方に渡して「ファイルの交換です。」と言ってました。

「や~、もろた♪」と大喜びの正平さんでした。

スタッフさんたちも、寄せ木のくすの木の匂いを嗅いで「いいにおい。」と喜んでいました。

 

私は寄せ木は見た事ありますが、寄せ木模様のハンカチしか持っていないので、一度嗅いでみたいなと思いました。

 

湯本温泉街と新幹線

畑宿から小田原市跨線橋を目指し、出発しました。ロケの日は雨で、頭にすっぽりフードをかぶっての出発です。

下り坂の途中で、Bカメさんが正平さんたちを映していて、また「こんちわーす。」と脳みそ夫さんのギャグを言ってました。

 

鳥の大群を見る

坂を下りてきて、湯本温泉街を通過。街中に入ると高架に新幹線が通過しました。道は小田原駅近くの橋が交わるところで休憩。

「鳥を見ようかなと。橋の向こうで。いやもう、嫌になるくらいいますよ。」と橋の下の川にたくさんの白い鳥がいました。ウミネコみたいのからサギ、色々いました。

 

…とここまでが「朝版」でした。

 

山の紅葉を堪能

「とうちゃこ版」では、標高400mある畑宿から山を下りていく様子をゆっくりと映していました。

緑、赤、茶色…と何種類もの紅葉が山を彩っていました。山の上には白く煙が出ていてとても幻想的で美しかったです。色んな色同士がお互いを引き立て合って、混ざることでそれぞれの色がはっきりと見え、より美しく映えてました。

この間、池田綾子さんのこころたびのテーマがBGMで流れていて、「あの時言えなかったことも 泣きたかったことも みんな時を越え 今日も笑顔に変わっていく ゆっくり行こう 思い出はいつも優しく 明日へ続いてる」という歌詞が、お手紙の方の書かれていた内容に重なって、涙が出ました。

本当、いい番組です。

 

こころたび/池田綾子-カラオケ・歌詞検索|JOYSOUND.com

 

久しぶりのつり橋

山を下りてくるとスタッフさんが「この橋を渡らないと先へ進めないんです。」と言った橋は幅の狭いつり橋でした。「川を行きましょう。川ん中へ。」と言って怖がる正平さん。

橋には大人4人まで、子供8人までと重量制限が絵と一緒に書かれていました。正平さんはチャリオから降りて押して「久しぶりのつり橋~!」と言ってゆっくりと渡り始めました。

スタッフさんが次に橋に乗ると橋が揺れて「ダメだって、揺らしちゃ。揺れてる!おっとろし~。揺らしちゃダメだってば。」と左手を橋の欄干に置いてちょっとずつちょっとずつ進みました。腰が引けていて可哀想なくらいでした。

しかし「1個おもろいことやったろ。引き返します。」と振り返って、逆方向に進みだす正平さん。スタッフさんたちが笑いました。「いや怖いわ、ええわ。」とすぐに我に返って前に進みました。

橋は短かったので、すぐに渡り終えられました。けれど、息は荒かったです。怖かったんですね…。

 

今までの橋を渡る姿はもっと怖そうにしてる時もあったので、今回はまだ短い分、マシだったんじゃないでしょうか?笑いを取る余裕もありましたし。

でも、いつも本当に怖そうです。

 

橋は大人4人までの人数制限があったので、みんなが渡りきるまで少し待ちました「危険です!揺らしたりせず静かに渡って下さい。」という注意書きまでありました。

 

小田原城に着く

小田原城に近づき、正平さんが「オダワラジョー。もうちょっとでオダギリジョー。」とつぶやいていました。誰も何もツッコまずそのままでした。

前もオダギリジョーさんの名前出してましたよね?正平さん。茨城県3日目の小田城跡で言ってました。↓

 

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小田原城で地図を見つけて場所を確認していると、「どこ行くんですか?」と小田原ガイド協会のガイドさんが話しかけくれました。「JRの旧東海道線の跨線橋を越えると小峰グラウンドというところに行くっていう…小峰グラウンドって?80年ぐらい前なんですけど…。」話す正平さん。ガイドさんはさらに詳しい人を呼んできてくれましたが、その方でも80年前の事ははっきりとはわかりませんでした。

が、小田原城に程近いところに青橋という跨線橋があり、東海道線に架かっていると教えてくれました。地図では、そのずっと山の方に行ったところに小峯庭球場というのがありました。

「でも、小峯って名前はあるね。」と言う正平さんでしたが、今は青橋はその小峯庭球場に通じる道がなく、「悩ましいな、これ。」と正平さんが悩んでると、「この辺一帯を小峯って言うんですけれど。通称。」と教えてくださいました。

さらに青橋は、戦争の時に鉄砲が当たって鉄橋に穴が開いたって話があることも教えてくれました。

 

一緒に考えてくれたガイドさんたちに「OK、ありがとうございます。ほぼ俺たちで決めちゃいます。」とお礼を言いました。小田原城のお堀の跡に電車が通ったんだそうです。

さすがガイドさん!!よく歴史のことをご存じなんですね。

 

教えてもらった青橋という跨線橋に向かう時に通った道路の下に、東海道線が走っていました。お堀の跡に電車が通ってるんですね!

 

こころの風景

青橋に着きました。今は車がたくさん通っている交通量の多い橋でした。「跨線橋と言うより、立派な橋だ。」と言う正平さんでした。

正平さんは「跨線橋って言ったら、さっきのつり橋みたいな細い…そこに城がある。」と想像と違う立派な橋に戸惑う正平さんです。橋から小田原城が見えて、橋も装飾がなされていて、カッコいい橋でした。

「今、跨線橋って言ったら、これしか考えつかない。全然違うからな、80年90年前と。青橋って言ったのかな?青橋っていうのは昔からあるとは言ってた。」とお手紙の方に語りかける正平さんです。

 

橋の上にプロフィールが書かれてありました。青橋は1925年に造られた橋で、26年前にかけ替えられたそうです。

 

橋の上では電車と車の音が大きいので、正平さんは橋が見える高いところでお手紙を読みました。

 

「随分違うんだろうな、80,90年前と。でも死ななくてよかったなぁ。幸せにしてるって。昨日できた事は今日も出来るって。ええこと言わはるわ。いただきました。今日出来たことも明日できると信じて生きて行こう。」正平さんはそう言って番組を締められました。

 

大変な思いをされたお手紙の方のお言葉はとても素敵なもので、胸打たれました。番組を通じて、そんな素敵な方がいらっしゃると知れて嬉しかったです。

ありがとうございました。

 

来週は最終週、静岡県です。

 

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