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100分de名著 夏目漱石スペシャル 第1回「三四郎」を観た感想

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毎週月曜夜10時25分からEテレで放送中の「100分de名著」。3月は夏目漱石スペシャル!4週で4作品紹介しています。

3月4日に取り上げられたのは第1回「三四郎」でした。

今回の指南役は、東京大学教授で英文学者の阿部公彦さん。英文学者の視点で夏目漱石の作品を分析して、注目されている方だそうです。

100年以上読まれている夏目漱石。阿部さんによると漱石は"お悩み引き受け人”。

難しいことにこだわったり考えたりしていたのは間違いないが、実は茶目っ気がある。一方で、真面目で神経質で「むふふ」とか笑っている…。という2つの極端が一緒に合わさっていて、そこが面白い。とのことでした。

 

汽車の女

三四郎」は、漱石のデビューから3年後、41歳の時の作品です。

この小説を阿部さんは「応援小説」と位置付けているとのこと。

 

主人公の小川三四郎は23歳。

東京帝国大学に進学する為、汽車で九州から上京しました。当時、下関から新橋まで1日以上かかりました。

三四郎は、京都から乗車した女性が気になって仕方がない様子。故郷の幼馴染である、お光と比較して観察していました。

 

顔立ちから云うと、この女の方が余程上等である。

口に締りがある。目が判明(はっきり)している。

額がお光さんの様にだだっ広くない。

何となく好い心持に出来上っている。

それで三四郎は五分に一度位は眼を上げて女の方を見ていた。

時々は女と自分の眼が行き中る(あたる)事もあった。

 

三四郎は名古屋で1泊します。ここで思わぬ展開が起こります。あの女性が、心細いから同じ宿に泊まりたいと言ってきたのです。

三四郎の後ろをついてくる女性。

「御宿」と書かれた宿に入ると、「夫婦ではない」と断る前に、同じ部屋に通されてしまいました。

宿では二人を夫婦と勘違いして、布団も1組しか用意してくれませんでした。

先に布団に入る女性。この状況にすっかり動転する三四郎

潔癖症」とか「ノミよけ」とか言い訳をして、布団でぐるぐる巻いて二人の間に壁を作り、タオルを2枚敷いてその上に寝ました。

 

夜はようよう明けた。

「昨夜は蚤は出ませんでしたか」

「ええ、有難う、御蔭さまで」

停車場に着いた時、女は始めて関西線で四日市の方へ行くのだと云う事を三四郎に話した。

三四郎の汽車は間もなく来た。

「色々御厄介になりまして、……では御機嫌よう」

「さよなら」

「あなたは余っ程度胸のない方ですね」

 

今回の朗読は、俳優で演出家の長塚圭史さんと、女優の藤井美菜さんでした。話に出てくる女の部分を藤井さんが読んでいたのですが、妖艶で謎な感じがぴったりでした。

変に動きがない方が、見ているこっちで勝手に想像してしまいます。劇も好きですけど、朗読もいいなぁと思いました。

 

それはさておき。

伊集院光さんは「のっけから超面白いね。観察眼あるように見えるんだけど、途中から「大丈夫か?お前。」みたいな。」と感想を言っておられました。

指南役の阿部さんは「心の中で言ってることはなかなか鋭くて、意地悪な事を言ってるんですね。でも人前に出ると、全く奥手というか一歩遅れていて…。」と解説。

最初の1行目を取り上げました。

 

うとうととして眼が覚めると女は何時の間にか、隣の爺さんと話を始めている。

 

阿部さんは、この「何時の間にか」に注目。

三四郎は一種、蚊帳の外にある。ふと気が付いてみると出来事が進行している。小説は、出来事が先にあって、主人公が何かその中にポコッと入れられる。あるいは我々読者が放り込まれる。そういう展開が時々ありますけど、ただそれが三四郎自身の世界との付き合い方を、すごくよく示している。」とおっしゃっていました。

 

つまり、常に三四郎は「置いていかれる」「後手に回る」「してやられれる」とも言う。

読者は、三四郎に共感して三四郎と一緒に世界を見るようになるわけだが、同時に三四郎もうちょっと頑張れよ。」という気持ちになる。応援したくなる。小説なのだというのがこの冒頭の部分で分かる。とのことでした。

 

三四郎」という名前がタイトルということも、この主人公が大人になっていく様子を書くというのを読者に想像させる。ドイツで「ビルドゥングス・ロマン」という言い方があり、日本では「教養小説」と訳す、この言葉が主に主人公が成長していくさまを描く。というものらしいです。

 

では「三四郎」が成長する物語なのか?

そうとも言い切れない。というなんだか分かったような分からない解説で、今回の放送は始まりました。

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ぱくたそ(www.pakutaso.com)

大ヒット作品なので、学校でも作品名だけは現代文の授業でも聞いていたので知ってましたけど、こんな冒頭だったとは。

高校の夏休みの宿題で「こころ」の読書感想文を書かなくてはいけなかったので、「こころ」と「坊っちゃん」は読んだことあったんですけど「三四郎」は興味がなく、読んでいませんでした。

三四郎よりこの独特な雰囲気の「女」の方に興味が惹かれました。

 

 

「過剰に女」の美禰子

三四郎は上京し、一人の女性に恋をします。里見美禰子は、都会的でおしゃれでハイカラな女性でした。

彼女は先輩で科学者の野々宮宗八に好意を抱いている様子。三四郎の心は乱れます。

 

明治時代盛んだった「菊人形」を見物に出かけた時の、三四郎と美禰子の有名なシーン。混雑で気分が悪くなった美禰子が、三四郎と2人で会場を離れ散策するのです。

 

「もう一町ばかり歩けますか」

「歩きます」

二人はすぐ石橋を渡って、左へ折れた。

人の家の路次のおうな所を十間ほど行き尽して、門の手前から板橋を此方側へ渡り返して、しばらく河の縁を上ると、もう人は通らない。広い野である。

「もう気分は宜くなりましたか。宜くなったら、そろそろ帰りましょうか」

美禰子は三四郎を見た。

その時三四郎はこの女にはとても叶わないような気が何処かでした。

「迷子。迷子の英訳を知っていらしって。教えて上げましょうか。ストレイシープ(迷える子)----解って?」

三四郎はこう云う場合になると挨拶に困る男である。

咄嗟の機が過ぎて、頭が冷かに働き出した時、過去を顧みて、ああ云えば好かった、こうすれば好かったと後悔する。

ストレイシープ(迷える子)という言葉は解った様でもある。又解らない様でもある。

解る解らないはこの言葉の意味よりも、寧ろこの言葉を使った女の意味である。

 

この部分の朗読が終わると、伊集院さんは「面白い!もう既に相当面白いですね!」と心つかまれた感じになっていました。そしてもう一人の司会である、安部みちこアナに「女性読者代表として、どうすりゃよかったんですか?」と聞いていました。

「人気のないところで二人きりなのに、「帰りましょうか?もういいでしょ。」は無しですよね。」と答えていました。

また、「ストレイシープ」という言葉も謎。

指南役の阿部さんは「三四郎漱石もそうですけど、目の前に何かあるとその意味を考えたくなる。つまり、これは何かっていう風に考えたくなってしまう人なので、反応できないんですね。反応する人は意味を考える前に何か答えるわけですけども、三四郎の場合はぐずなので、先にまず考えるわけです。で、考えてる暇に、どんどん世界は動いていってしまうから、読者としたら、ある程度共感して、三四郎の気持ちに入っていく訳ですけど、同時にもっとちゃんとやれよ。という風に背中を押したくなる。」とやはり「応援」という言葉が出てきていました。

 

このくだりで伊集院さんは、自分が感情移入した漫画の主人公を思い出します。星飛雄馬、矢吹ジョーらの主人公は「童貞的」だと言います。

映画では寅さん。「分かるよ、分かるけど、しっかりしろよって。」と思う、それらの大もとのように感じたと感想を述べられていました。

「元祖童貞」みたいな感じ。

阿部さんもこの意見に同意していました。漱石は結婚もして、子供もいたけれど、永遠の童貞みたいなところがあったのかもしれない。とおっしゃっていました。

 

私は、この部分を見て、「逃げるは恥だが役に立つ」のヒラマサさんを思い出しました。

みくりの言葉にかき乱され、色々頭で考えて進めない。必死に返しても、みくりがそれを上回る言葉で返す。かなわない。あのやりとりを思い出しました。

 

前に放送された、「天国からのお客さま」という番組で、いとうせいこうさんと奥泉光さんが同じような意見を、天国から蘇った夏目漱石先生に言ってました。

www.nhk.or.jp

その番組を見た時の私の感想です。↓

 

天国からのお客さま を観た感想とネタバレ⑤故夏目漱石がヒットする文学の講義? - テレビ好きぴえーるの日記

 

 

伊集院さんは童貞力というのがあって、それは「妄想力」「想像力」だと言っていました。

 

阿部さんによると、漱石の書く女は「過剰に女」だといいます。

「程よく女じゃなく、そこまでじゃないだろうという風に、特に女性は疑いの目で見る事が多いらしい。」とおっしゃってました。

伊集院さんによると、女性なら、狙ってやってると思う。しかし童貞の男性から見ると、「彼女は自然にやっている。」と思うらしいです。

阿部さんはそういう男性の心情を「願望があるんでしょうね。永遠の女性に対する願いみたいなのがあって。」と読んでいました。

 

ええ~??

ホントですか?

私はこの部分読んで、こんな言い方よく恥ずかしげもなく言えるな、この女!って感じでしたけどね。好意を持ってるなら、もっと素直な言い方出来ないか?試したい気持ちは分かるけど。

でもまぁ、これって、自分が好かれてるって自信がなければ出来ない芸当ですよね?

それが見えるからまた腹が立つ感じの女です!!

女の前で過剰に女の部分を出す事は、女はしませんから、男性にだけ見せるずるさって感じかな?

こんなの読まされて、こっちが恥ずかしなるわ!!

…と思いました。

 

新しい時代の主人公

伊集院さんは、「三四郎」より前の時代は、大活躍するヒーローがど真ん中にいて、「スゴイな、こういう人になりたい。こういう人になりなさい。」みたいなのが正しい小説だとすると、この弱点だらけの三四郎は、新しい時代の何でもありの主人公だとおっしゃっていました。

阿部さんも「まさに近代小説というのは、悩む主人公を中心に据えるところがポイント。悩む主人公のグジグジしてる心の中を描くところが、一つのみそになる。」と解説されていました。

 

恋の結末

三四郎が好意を抱いた美禰子。その後の様子です。

ひょんなことから美禰子にお金を借りた三四郎は、それを返すという口実で彼女に会おうと、原口という画家の家でモデルをしているところを訪ねました。

 

この静けさのうちに、美禰子がいる。

美禰子の影が次第に出来上りつつある。

静なものに封じ込められた美禰子は全く動かない。

団扇を翳して立った姿そのままが既に画である。

三四郎から見ると、原口さんは、美禰子を写しているのではない。

不可思議に奥行きのある画から、精出して、その奥行きだけを落して、普通の画に美禰子を描き直しているのである。

にも拘らず第二の美禰子は、この静かさのうちに、次第と第一に近づいて来る。

三四郎には、この二人の美禰子の間に、時計の音に触れない、静かな長い時間が含まれている様に思われた。

 

 三四郎は休憩時間に美禰子に近づき、お金を返そうとしましたが、受け取ってもらえませんでした。

アトリエを出て帰路につきます。そこで三四郎が思い切った行動に出ました。

 

「本当は金を返しに行ったのじゃありません。あなたに会いに行ったんです」

 

しかし美禰子は返事をしませんでした。そこへ男性が乗る1台の車が来て、美禰子を乗せて走り去っていきました。

 

その後、三四郎は美禰子が結婚すると知り、もう一度会いに行きました。

 

「拝借した金です。永々有難う。」

美禰子は一寸三四郎の顔を見たが、そのまま逆らわずに、紙包を受け取った。

「結婚なさるそうですね」

「御存じなの」

女はややしばらく三四郎を眺めた後、聞兼る程の嘆息をかすかに漏らした。

やがて細い手を濃い眉の上に加えて云った。

「われは我が愆(とが)を知る。我が罪は常に我が前にあり」

聞き取れない位な声であった。それを三四郎は明らかに聞き取った。三四郎と美禰子は斯様にして分れた。

 

この朗読が終わって、伊集院さんは最初はしっかりしろよ、と思ったが、「そりゃあ太刀打ちできないよ。」と思ったとおっしゃってました。

しかし安部アナは「女性からすると、最後まで気を引く嫌な奴だなぁ、としか。」と言ってました。

 

阿部さんは「美禰子という人は常に分かるように喋ってくれない。暗号めいた言葉で喋る。謎の女として振る舞うべく、運命づけられている。だから三四郎の目から見て、どういう風に美禰子が映えるのか。やっぱり漱石としても一番関心があったところだとは思うんです。」とおっしゃってました。

 

確かに、よく分からない女性ですよね~。美禰子って人。

私も安部アナと一緒で、ただただ気を引きたいだけなんじゃないかと思いました。

恋愛感情がないからこそ出来る技じゃないか?と思いました。でも罪とかいう言葉を持ち出して、他の人と結婚しますけど、あなたにも気があったんですよ、って言ってるようにも見えて…。

男性から思われるのを楽しんでる、もう結婚するから楽しめないねって思ってそうで、嫌な感じを受けました。

 

三四郎は成長できたのか?

安部アナは、指南役の阿部さんに「三四郎は成長できたのか?」質問をしていました。

阿部さんの見解によると「ずっと三四郎は出だしのところのまんま三四郎として終わる。」とのこと。

色々経験して傷ついて、共感できることもあるけれど、「成長したか?」という問いには「ちょっと成長したとは言えないんじゃないか?童貞のまま終わる。」とおっしゃっていました。

どうも、目に見えて、前だったら見えなかった事が見えたり、言えなかった事が言えるようになったとか、そういうのがないみたいです。

爽やかに違う三四郎になる…というのがないようです。

 

漱石が「三四郎」言いたかったのは何か?

阿部さんは「世界と出会う瞬間の鮮烈さ」がある。

他の要素として、漱石が意図したかどうかは言えないが、と前置きして、この時代日本という国そのものが、新しい国家として生まれて、近代国家の仲間入りしようとしていた時期であった。漱石自身も小説家としてやろうとしていた。色んな意味でスタート地点にあった小説。であると解説。

「これから何かがはじまるワクワク感。」

これもあったんじゃないか?とおっしゃっていました。

 

 

ーー

こんな話だったんですね、「三四郎」って。

三四郎みたいな人がいたら、あんま話したくないなぁ、と思いました。

いざとなると何も言えないくせに、頭では色々偉そうに考えてるんですよね?

社会に出る前に色々知った気になって、意見をしまくる若者にありがちな思考パターンですよね?

確信していたことが揺らいでいくんですよね~。社会に出てから。

信じてたことも崩れていって、考えたことが通用しないのに驚いて。

傍観者から当事者になっていく過程が面白そうです。

しかし、美禰子みたいな人に会うことはなかなかないですよね~。

こういう女性がどんなことを言い出すのか?

男の妄想というのが見てみたいという、私の中の意地悪な女の部分が刺激される、面白い作品だなと思いました。

 

もっと他の部分も読んでみたいなと思いました。。

 

 

次回第2回は「夢十夜」を取り上げるそうです。

どんな話なんでしょうか?

 

この番組にはテキストがあります。↓

夏目漱石スペシャル 「文豪」を疑う /NHK出版/日本放送協会
by カエレバ

 

 

三四郎」です。↓

三四郎 改版/新潮社/夏目漱石
by カエレバ

 

 

 以上、「100分de名著」夏目漱石スペシャル第1回「三四郎」を観た感想でした。