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テレビ好きによる番組感想とドラマ展開予想の雑記ブログ

にっぽん縦断こころ旅2019春の感想*三重県2日目鳥羽市*正平さん答志島のしめ縄に興味持つ

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4月1日からBSプレミアムで「にっぽん縦断こころ旅」が始まりました!

「にっぽん縦断こころ旅」は、俳優の火野正平さんが視聴者の方のこころの風景を自転車でめぐる旅番組です。4月8日~12日は三重県です。

放送時間は、朝版」が月~金7時45分~7時59分朝版」再放送が11時45分~59分の15分番組。とうちゃこ版」が火~金夜7時~7時29分の30分番組。「とうちゃこ版」再放送が土・日朝11時~11時58分に2日分ずつ放送です。

 

www4.nhk.or.jp

809日目、三重県2日目は鳥羽市の旅

「波の谷間に命の船がふたつ並んで咲いている兄弟船…。鳥羽一郎です。鳥羽にいます。三重県です。雨降ってます。ヤな感じです。」

809日目、三重県2日目は、三重県鳥羽市の鳥羽湾の岬の鐘を鳴らしながら鳥羽一郎さんの「兄弟船」を歌って、オープンニングでした。

 

今回のお手紙は、愛知県東海市の53歳女性から。こころの風景は、三重県答志島です。

答志島は、お手紙の方のお母さんのふるさとで、幼い頃に毎年お母さんの里帰りを兼ねて家族そろって遊びに行っていたそうです。

 

しかしお兄さんたちも中学生となり、揃って里帰りが難しくなった頃、小学校高学年のお手紙の方は、大学生の従姉妹と2人で島に行く事に。

従姉妹は親戚の営む寿司屋を手伝うのが目的の為、お手紙の方の遊び相手はいません。おまけに島独特の方言が半分も理解出来ず、一気にホームシックにかかり、気を使ってくれたおばあちゃんに対して、幼いこともあって不機嫌な振る舞いをしてしまい悔いが残っているという苦い思い出が残るお手紙の方です。

あれからずいぶん年月も流れ、おばあさんも他界し、今は実家のお母さんも腰が曲がり、島に里帰りさせてあげるのも難しくなったというお手紙の方。

 

正平さんに磯の香りと光る海、独特の漁師町の雰囲気を味わってみて欲しい。というお手紙でした。

 

答志島は3つの集落に分かれていますが、お母さんの実家は和具の集落にあるそうです。

 

鳥羽城跡を見る

まずは鳥羽マリンターミナルを目指してスタート。雨の中、海沿いに回り込んで走り、昔の街道を通り、鳥羽城跡の前に着いた時「鳥羽城なんてあったんだ。」と正平さんは見上げて眺めていました。

スタッフさんによると「水軍だった。」そうです。私も知らなかったです。

城跡には「鳥羽城跡案内図」と書かれた案内板があり、「九鬼嘉隆織田信長のもとで、数々の戦功をあげ、鳥羽城を築きました。」と正平さんが読んでいました。

さらにスタッフさんが言うには、九鬼嘉隆は正平さんがこれから向かう答志島で亡くなったそうです。

 

ja.wikipedia.org

Wikipediaによると、織田信長の水軍として、あの最強の毛利水軍を第二次木津川口の戦いで破ったんだそうです。九鬼嘉隆関ヶ原の戦いの西軍として負けた為、答志島で自害したと書いてありました。

 

信長が毛利の水軍に勝ったのは知ってましたけど、九鬼水軍がこの戦いに参加していたのは知りませんでした。

 

フェリーに乗る

ターミナルに着き、「和具経由答志行」があることを確認。チャリオと一緒にフェリーに乗り込みました。答志島の和具港までは約17分の船旅です。

鳥羽市/市営定期船

 

チャリオは乗組員の人の案内で固定し、正平さんは甲板で手を振っていました。1日目で海の安全の神様に旅の安全を祈って、すぐ次の日に船の旅になりました。

 

船から島を見て、旅館や学校があると言っていました。海には養殖しているのも見えて「真珠?牡蠣かな?」と言っていた正平さん。注意書きで「わかめでした」とありました。

 

…ここまでが「朝版」です。

 

 「とうちゃこ版」では、正平さんが出航の時に手を振っていたのを陸側から撮影した風景が放送されていました。「朝版」ではフェリー側で正平さんの肩ごしの風景が放送されていました。

 

ランチは海鮮丼

和具港に到着し、チャリオに乗ってまずはご飯を目指します。

走りだしてすぐに小さい子どもの声がして見てみると、お寿司屋さんの前でした。お父さんらしき男性に開いてるか聞くと、どうやらお客さんだったようです。

お店の人は快くOKして下さり、お店に通してくれました。そしてすぐに自転車旅の番組と気づきましたが、正平さんの名前は出てこない様子。

お客さんらしき女性が入口に駆け寄って来て「火野正平さん?」と大喜びで握手してきました。あまりの喜びように笑って逃げようとする正平さん。

女性は腕をつかんで中へ入れてくれました。女性は大阪から来たんだそうです。

 

正平さんは海鮮丼をごはん少な目で注文していました。

具は、白いのが答志島の名産のサワラ。ヒラメ。モンゴイカ。車エビ。サービスで伊勢エビをちょっとのせて下さっていました。

「サービス!ありがとうございます。」正平さんは大喜び。

器にぎっしり具が乗っていてとても美味しそうでした!!

サービスの伊勢エビは甘かったそうです。羨ましい!!とても美味しそうでした。

 

食後、お子さんたちに番組の宣伝をする正平さん。入口で飛び出してきた女性が「今日も言ってたんですよ。奈良県出発して…。本当に会える人は会えるんやねって言ってたんですよ。」ともう一人女の子を抱っこした女性と二人で話してくれました。

二人とも美人さんで正平さんも嬉しかったんじゃないですか??

 

ほんま、会える人は会えるんですね~。いいなぁ。

 

しめ縄が全部の家に飾ってあった

食後、チャリオに乗って大間の浜へ。お手紙に書いてあった通り、道の幅は狭く細く、曲がりくねっていました。

ロケの日は雨。海へ向かう道が細かったため、チャリオを降りて浜へ行きました。

正平さんは「確かに狭い路地だ。」と言いながら歩いていました。正平さんは各家の玄関に飾られているしめ縄が気になった様子。どの家も飾ってました。

 

大間の浜を見つけ「夏来たら入るな、ちゃぷんと。」と言う正平さん。

さすがに去年の沖縄の時みたいに海に入ってはいませんでした。雨降ってましたし。

 

お手紙を読むために路地に戻った正平さん。おばあちゃんが手押し車を押したであろう路地を歩きます。男性がいたので、正平さんがしめ縄について「これなんか意味あるんですか?」と質問しました。

男性によると、答志は玄関の中に飾り、和具は玄関の外に飾るんだそうです。しめ縄は30日か31日に飾って1年間飾り、また正月前に替えるんだそうです。

答志島のなかでも地域によって飾る場所が違う。とのことでした。

 

正平さんは話を聞いた後「しめ縄と一緒や。じゃあ、だいぶ古くなるな、秋に。1年後。」と言っていました。

私も同じ疑問を持っていました。

私も三重に引っ越した時、人の家の玄関にしめ縄が飾ってあるのを見つけて不思議に思っていました。引っ越したのが10月末だったので正平さんの言ってた通り古いしめ縄でした。

三重の全部の地域に飾られているわけではなく、私が住んでいた地域では見かけませんでした。しかし三重でも南の方に行くと飾ってあったのです。

しめ縄に見えるけど、しめ縄じゃないのか?と謎に思っていました。

私は正平さんの様に質問できなかったので、今回聞いてくれて謎が解けました。やっぱりあれはしめ縄で、三重の限られた地域ではしめ縄を1年間ずっと飾るんですね~。

1年飾る理由ははっきりしませんでしたが、しめ縄だと分かっただけでも収穫でした。

 

こころの風景

正平さんは、生活感のある路地を選びお手紙を読みました。

 

幅が狭く、細い道を見ながらお手紙の内容を聞いてみると、工事中だったら確かにこれは通れないな、と思いました。

正平さんが言ってましたが、お手紙の中に出てきたお寿司屋さんは、正平さんが食べたし屋さんかもしれませんね!!

 

不機嫌で、おばあちゃんを置いて帰ってしまったというお手紙の方のほろ苦い思い出が蘇るかのようでした。

 

三重県2日目。漁師町の雰囲気、海、ほろ苦い思い出のある路地。とお手紙に書かれていた雰囲気を存分に味合わせてもらいました。

雨で残念とも思いますが、でも雨だったからこそ、ほろ苦さが伝わって来てよかったと思いました。路地を歩く正平さんの後ろ姿がまたカッコよかったです。

 

明日は松阪市です。

 

 

 

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