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にっぽん縦断こころ旅<プレイバック>2014春を観た感想*秋田県1日目由利本荘市*松本変電所と山と芋川の川原の風景

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NHKBSプレミアムで放送していた俳優の火野正平さんが視聴者の方のこころの風景を自転車でめぐる旅番組『にっぽん縦断こころ旅』。

新型コロナ感染拡大の影響の為、4月17日放送分を終わりに放送が中断。

 

4月20日からは同じ時間帯で、これまでの名場面を振り返るプレイバック再放送をしていて、BSプレミアムでは2014年春の旅を朝版、とうちゃこ版と丸々再放送しています。

6月29日の月曜朝版は、2020春の旅再開準備のお知らせが放送されました。

 

お知らせの内容を見た感想はこちら。↓

www.lovetv.site

 

再開といっても、放送がいつから始まるかは分かりません。

6月30日~7月3日までは2014年春の旅の秋田県です。

 

www4.nhk.or.jp

 

放送時間は、朝版」が月~金7時45分~7時59分朝版」再放送が11時45分~59分の15分番組。とうちゃこ版」が火~金夜7時~7時29分の30分番組。「とうちゃこ版」再放送が土・日朝11時~11時58分に2日分ずつ放送しています。

 

 

 

345日目、秋田県1日目は由利本荘市への旅(2014/7/1放送分)

2014年7月1日放送分の秋田県1日目。

2020年6月30日・プレイバック放送は、山形県の北にあるJR吹浦駅でオープニングでした。

 

お手紙の内容

お手紙は、埼玉県蕨市の64歳男性から。

こころの風景は、秋田県由利本荘市松本にある、東北電力松本変電所のすぐ近くにあった橋から見る何の変哲もない風景です。

今から60年くらい前。

2歳違いの弟さんが生まれてすぐ、おじいさんとおばあさんに2~5歳まで預けられ育てられたお手紙の方。

おじいさんは変電所勤務で、近くの社宅に住んでいました。今は変電所は無人となっているとのこと。

橋の上から見る変電所。後ろの田園風景は、当時のまま心に残っているといいます。

中学生の時に、お母さんに「なぜ俺をおばあさんに預けたの?」とお母さんを責めるような聞き方をしたお手紙の方。

おかあさんは目にいっぱい涙をためて「預けたくて預けたと思うの!」と今に泣きそうな声で答えたそう。

ああ、聞いてはいけないことを言ってしまったと後悔の気持ちでいっぱいになったといます。

お母さんは6年前に弟さんが亡くなった一週間後に後を追うように亡くなりました。

「かあちゃんごめんね、あんなこと言って。」

今でもお母さんのことを思うと、子供の頃に住んでいた松本変電所を思い出すそうです。

5歳の時から一度も行ってないので、今どんな風景になっているか、火野さんに行って見てきて欲しい。

 

というお手紙でした。

 

由利橋を渡る

羽越本線で秋田県に入り、羽後本荘駅まで輪行。電車の中で秋田県に入りました。

車窓には田んぼが広がっていて美しかったです。

羽後本荘駅でチャリオに乗り換え、約17km先の松本を目指して出発しました。

「結構都会じゃの。」と言いながら走る正平さん。羽後本荘駅の周りは広い道路と、建物もたくさん並んで建っていました。

道はほどなく由利橋にさしかかり、正平さんたちは歩道を走りました。

正平さんは「立派な橋!」と言いながら通っていました。

 

 

歩道も広くて走りやすそうな大きくキレイな橋でした!

 

ランチは冷し中華

住宅街に入り、出羽食堂というお店で食事をすることになりました。

正平さんは冷し中華を注文していました。

錦糸卵にわかめ。トマト、ハム、きゅうり、紅ショウガ。そしてきざみのりが上からふりかけられていました。

一口食べて「この夏で一番うまい!もう4回か5回食べてるけど。」と感想を言っていました。

確かに、山形の旅でも冷し中華を頼んでらっしゃいました。旅以外でも食べてらっしゃったんでしょうか??

今回の冷し中華は、ハムとか卵と海苔が少し厚く切ってあって、おいしそうだと思いました。

 

声援が多い

昼食後、走っていると道に立っている人が多くて何度も「頑張って!」と声援を受けていました。

正平さんは「目立つのかな?俺たち。」と声援が多いことに戸惑っていました。

道が商店街っぽくて、お店にいる方が昼間も多いから声をかけやすいんでしょうね~。

ただの住宅地だったら、みんな家に引き籠って昼間出てこないですから…。

 

秋田はこころ旅ファンが多いです!!

 

緑に囲まれた道を走る

105号線に合流。ここからは105号線を走ります。

田んぼの緑と山の緑。その間の道を走る正平さんたち。

いい季節に自転車で走れて羨ましいな…と思ってると、正平さんが「ああ気持ちがいい!」と言ってて、あ~やっぱり!と思いました。

下り坂だったからかな?

 

加賀沢橋を渡るときに、松本と書かれた看板も見えました。

目的地の松本変電所の松本です!

 

下川大内小学校入口の道標も見つかりました。

 

…とここまでが『朝版』です。

 

変電所と社宅の位置を聞く

 『とうちゃこ版』では、その続きが放送されていました。

変電所がどこか分からないので、正平さんは民家の庭の整備をされていた男性に尋ねていました。

男性は近くの鉄塔が建っている山を指さし、その鉄塔にのびる道の下の方に、無人の変電所があると教えてくれました。

次にその社宅がどこにあったか?も質問した正平さん。変電所の近くにある家の向かい側にかつてあったと教えてくれました。

 

教えてもらった山へチャリオで向かいました。

鉄塔が建つ山の下へ行くと砂利の道があり、そこに変電所がありました。

変電所にとうちゃこです。

 

こころの風景

変電所の近くのお家の方に、昔の変電所の社宅はどこにあったか?と尋ねました。

すると、現在その方が住まわれている住宅の場所と、その向かいに2軒が社宅だったと教えてくれました。

今住んでいるお家の隣に建っていた家が、当時の社宅をそのまま譲ってもらった建物だそうで、台風で飛ばされて屋根だけは直しているが、建物がおそらく当時のままだろう。とのことでした。

お手紙の人喜ぶわ。」と、当時の面影が残っていているかもしれないことを、自分の事のように喜ぶ正平さん。

 これはうっすらでも覚えていたら嬉しいでしょうね~!!

 

お手紙と一緒に送られてきた、祖父母と一緒に芋川の川原で撮った写真を住宅の方に尋ね、場所はどこか?と手掛かりを聞いた正平さん。

後ろに写った山から推測して、川原まで一緒に行って写真の場所を探してくれました。

 

写真に写っていた橋・加賀沢橋は架け替えられていて、今は葦がたくさん生えて川原に下りるのは無理でした。

 

正平さんは最後まで一緒に探してくれたご夫婦にお礼を言って、かつての堤防だった場所に座り、お手紙を読みました。

 

社宅があった場所に住んでおられるご夫婦のおかげで、お手紙の方のこころの風景を見つけることが出来ました。

橋も架け替えられていて、川原も葦だらけで写真のように川の水のそばには行けませんでしたが、山と川はきっとそのまま。奥に変電所もありました。

 

何の変哲もない風景。でも心に残っている。そういう人がいる。明日はどこ行こ。」と言って番組が終わりました。

 

何の変哲もない。という言葉。

お手紙で書かれていた言葉ですけど、お手紙の内容を聞いてから見ると、お手紙の方のおかあさんへの思いが詰まってるような気がして、涙が出ました。

 

一見、草ボーボーで、川の水が見えないくらいの川原ですが、なんだか心に沁みました。

 

明日は、秋田市への旅のプレイバックです。