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にっぽん縦断こころ旅2021春を観た感想*秋田県3日目横手市*平安の風わたる公園で横手焼きそばを食べてからっぽの桜へ

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2021年もBSプレミアムで放送中の『にっぽん縦断こころ旅』。

『にっぽん縦断こころ旅』は、俳優の火野正平さんが視聴者の方のこころの風景を自転車でめぐる旅番組です。

6月21日~6月25日は秋田県です。

www4.nhk.or.jp

 

放送時間は、朝版」が月~金7時45分~7時59分朝版」再放送が11時45分~59分の15分番組。とうちゃこ版」が火~金夜7時~7時29分の30分番組。「とうちゃこ版」再放送が土・日朝11時~11時58分に2日分ずつ放送しています。

 

前日、秋田県2日目の旅の感想はこちら↓

 

 

www.lovetv.site

 

1010日目、秋田県3日目は横手市への旅

6月24日放送分秋田県3日目は、横手市にある横手公園展望台の横手城の前でオープニングでした。

 

yokote-kankou.jp

 

お手紙の内容

今回のお手紙は、秋田市54歳の方から。

こころの風景は、からっぽの桜です。

からっぽとは、お手紙の方のお父さんが生まれた地域の古い呼び名です。

昭和1桁の時代に生まれたお父さんは、6人兄妹の次男坊で一番のいたずらっ子。

いつも親に叱られては庭の桜の木の周りを逃げ回ったり、隣を流れる厨川(くりやがわ)に逃げ込んだり、それはそれはやんちゃだったとか。

しかし次男だったお父さんは16歳の時、大津の陸軍少年飛行兵学校に行くために遠く親元を離れました。もし戦争がもう一年続いていたら、お父さんは特攻隊員として命を落としていたかもわかりません。

戦争が終わり、家に戻る農道を一人歩いてきたお父さんを、誰よりも早く遥か遠くから迎えてくれたのが、この桜の木でした。

この木が見えた時「ああ帰ってきたんだ。」と涙があふれたといいます。

 

貧しい暮らしの中で、父の父親、お手紙の方のおじいさんは出稼ぎをして6人の子供達を学校に通わせてくれたそうです。

おじいさんが亡くなった後、家は取り壊され近くには道路が出来たそうですが、今でも桜の木だけは残っているとのこと。

あれから80年以上経った今でも、田んぼの片隅で春には必ず花を咲かせているそうです。

今年92歳になるお父さん、今では車に乗ることが出来ず。お手紙の方ももう何年もその桜を見せていません。

父にその桜の木を見せてあげて欲しい。

花が咲いていなくても、お父さんが登ったという木の幹が今もしっかりと空に向かって伸びていることを見せてあげたい。

天国のおじいさんにも、今でもからっぽの桜がちゃんと残っていますよと。

 

 …というお手紙でした。

 

ーーお手紙にはその桜の木の場所への行き方も書かれていました。

後三年の駅から厨川沿いの金沢(かねざわ)城址を目指すと道路右側の土手下に桜の木がある。

桜から真正面に見える金沢公園の緑と田んぼの緑、桜の葉の緑に生命の息吹を感じられると思います。とのことでした。

 

後三年

後三年という言葉。平安時代の前九年の役、後三年の役の後三年だとスタッフさんから説明がありました。

学校時代に勉強したはずとナンブさんやみんなに話を聞く正平さんでしたが、誰も満足に答えられず。

正平さんは「こいつらアホばっかりや。俺もそんなかのひとりや。でも後三年というのは聞いたことある気がする。」と言ってました。

 

約13Kmのルートで『からっぽの桜』を目指して出発しました。

横手公園の横の下り坂を下りて行きました。

山と田畑の間の道を進み、リンゴの木の横も通りました。

すると、道しるべに『後三年』の地名が出てきました。

歴史上の戦い、後三年の役が地名になっているようです。

 

道しるべが指していた矢印に従って、後三年方面へ左折しました。

 

平安の風わたる公園で後三年の役を学ぶ?

『後三年の役』の古戦場跡にある公園に向かいました。

「公園でご飯食べます。」と後ろから声がかかり、平安の風わたる公園に入りました。

yokote-kankou.jp

 

公園はむかし風の塀で囲まれていて、後三年の役を説明する案内板がありました。

正平さんがそれを読んでスタッフさんに説明しようとしましたが、清原氏、藤原氏、源氏と合戦の関係者の名前に触れただけでやめてしまい、公園内に入っていきました。

 

公園には、清原氏と藤原氏と源氏の像と、地面にはタイルで地図が描かれていて、前九年の役の古戦場・厨川柵、後三年駅の古戦場となった金沢柵が示されていました。

平泉古戦場も示されていましたが、これは平安時代末期の義経の時代の戦いのことかな?

義経は最後奥州藤原氏を頼って平泉に行ってました。

その時のことかな??

 

あんまり説明はなかったです。

 

次に「あの橋だ!見て。奥田さん。」と正平さんが指さしたところに、キレイな橋が架かっていました。

奥田さんは「めっちゃ雅な所じゃないですか?錦帯橋みたい。」と言います。

奥田さんの言う通り、錦帯橋のような形の橋が架かっていました。

橋は雁橋(かりがねばし)という名前。正平さんはその橋を上って、橋の上から池を眺め「いいね、なんだか。こんなところあるですか。横手からちょっと走ったら。」と言うとスタッフさんが「こんなところで戦ってたかと思うとなんか不思議ですね。」と言ってました。

後三年の役の説明をWikipediaで読みましたが、清原氏と阿部氏一門の藤原氏による戦いに、源氏が介入。複雑な内容でした。

ja.wikipedia.org

 

お昼は横手焼きそば

一通り公園内を見た後、お昼となりました。

今日のお弁当は横手焼きそば!!

手の消毒を済ませた後、パックに入った横手焼きそばを持って「卵まだグニュグニュだ。」と言う正平さん。

焼きそばの上に乗った目玉焼きの黄身が固まっていませんでした。

横手焼きそば、麺が太めでした。

 

…ここまでが『朝版』です。

 

 『とうちゃこ版』では、出発前の恒例の地図で行く場所を確認している時に、お手紙の方が書いていた『からっぽ』という通称のヒントを見つけているところが放送されていました。

まず厨川をさがして、金沢を探そうとした時の川沿いに『川原保』という地名がありました。

「かわらっぽ!それでからっぽ!かわいらしい。」と古い呼び名の由来を聞いて喜ぶ正平さん。

目的地はこの土手下で桜を探そう!!というわけです。

 

これは行くのが楽しみになる情報を聞きました!!

かわらっぽ→からっぽ。

言いやすくした通称って多いですよね!!!

面白い!!

 

清原が潜んだ蛭藻沼

出発して走っていた途中、沼で立ち止まり、近くにいた男性に「これはため池ですか?」と質問した正平さん。

男性は「はい。田んぼの水引の。」と答えてくれました。

沼の名前は『蛭藻沼(ひるもぬま)』と書いてありました。

「蛭藻沼。ヒルいるのかな?」と言う正平さん。

蛭藻沼の名前が書いてあった木の看板の側面には「後三年の合戦のおり、金沢柵落城後、清原武衡がひそんでいたと伝えられている。」と書かれていました。

正平さんがはその説明文を読んで「清原さん、ここにジャイアンツ辞めてな。」と言うと、スタッフさんが大笑い!!

 

いやいや、その清原さんじゃないでしょ!!!

清原の姓を聞いて、私も思い出しましたが…。今清原と言えば、朝ドラの清原果耶さんでしょ!!

テレビに向かってツッコんでしまいました。

 

後三年の駅

冗談を短く切り上げ、再び田んぼの間の道を快調に走り始めました。

すると、先の方に線路が見えてきて、駅も見えてきました。

踏切が出てきて、その踏切の名前が後三年踏切

踏切を越えて田んぼの間を進み、JR後三年駅に着きました。

ja.wikipedia.org

 

後三年の駅で休憩しながら地図を開いて、厨川へ行く道を確認していました。

 

こころの風景

大きな踏切を渡り、交通量が多い道を避け直進。田んぼの間の道に進みました。

正面にはこんもりした森があり、そこまで進まずに手前で左折。

田んぼ沿いを走り、正面の先の方に土手が見えましたが、田んぼがあるためそのまま進めず右折。

左側に出てきた道しるべに『川原保』の名前が出てきて、そのしたに『ここは川原です。』という説明文もありました。

川原と気づかないくらい大きな道です。

 

そして川に架かる道路を渡ると右側に『一級河川 厨川』という看板が立っていました。

厨川に着きました。

今度は『ここは川原保です』という看板が出てきました。

 

ん?さっきの川原とは、地名でしょうか??

 

正平さんは息を切らしながら進んでいきます。

入口と書かれた看板を見つけ、右折。

川沿いの上り坂を上ると「皆の衆、たどり着きました。立派に生い茂ってるな。」という正平さん。

下り坂を下ると、その正面に木が立っていました。

からっぽの桜さ~ん!こんにちは。」と声をかけながらとうちゃこ

チャリオを降りて正平さんが「なんか変な白い花咲かせとるぞ。」と言います。

ウツギの木が咲かせた白い花だそうです。

 

お手紙に同封されていた桜の木の写真と見比べて、同じかどうかを確認。

間違いなく『からっぽの桜』だと断定しました。

 

正平さんは、『からっぽの桜』が見えるところに座りお手紙を読みました。

お手紙を読み終わり「この桜、ちゃんと生きてる。枝ぶりもちゃんと。傾いてないよ。あのウツギが邪魔やけどさ。あれもあれで自然に頑張ってるんだろう。仲良く二人で咲いてるんだ。咲く花をちょっとズラして。まだまだ頑張れよ。」とからっぽの桜に話しかけて、番組が終わりました。

 

『朝版』では読まれなかったお手紙のおじいさんの話。

子供達が全員学校を卒業した後に、6人分の教科書をこの木の下で焼いて灰にして6等分して子供たちに渡したとか。

そしてそれぞれ安住の地を決めたら、灰を庭にまいてその上に何か記念になる木を植えて欲しい。この場所はお前たちの原点だからな。とおっしゃったそうです。

 

なんと素晴らしいエピソード!!

聞いてて涙が出ました。

ここに帰ってこいとか場所に縛り付けるのではなく、安住の地を決めたらそこにまいてって…。

子供に立派に育て上げて旅立たせた!っていうおじいさんの思いを感じました。

旅立ったとしても、原点はここだぞ。それだけを言う父親。カッコいいです。

からっぽの桜。とても素晴らしいこころの風景でした。

 

明日は、北秋田市への旅です。

 

 

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