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テレビ好きによる番組感想とドラマ展開予想の雑記ブログ

にっぽん縦断こころ旅2019秋を観た感想*福井県3日目美浜町*坂尻の静かな海の風景

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『にっぽん縦断こころ旅』は、俳優の火野正平さんが視聴者の方のこころの風景を自転車でめぐる旅番組です。

10月7日~10月11日は福井県です。

www4.nhk.or.jp

放送時間は、朝版」が月~金7時45分~7時59分朝版」再放送が11時45分~59分の15分番組。とうちゃこ版」が火~金夜7時~7時29分の30分番組。「とうちゃこ版」再放送が土・日朝11時~11時58分に2日分ずつ放送です。

 

866日目、福井県3日目は美浜町の旅

10月9日放送分、福井県3日目は、敦賀市の金ヶ崎公園でオープニングでした。

 金ケ崎城跡のふもと、金崎宮には2014年の目的地として訪れたことがあります。

↓『こころ旅』公式HPに、その日の旅のルートが紹介されていました。

https://www.nhk.or.jp/kokorotabi/route_nclub/20140507/

 

 

お手紙の内容

今回のお手紙は、愛知県豊橋市の55歳女性から。

お手紙の方の忘れられない思い出の風景は、福井県坂尻にある民宿たくらさんと、すぐ裏にある海水浴場です。

子供の頃、あまり裕福ではなく、外食も旅行もしなかったというお手紙の方のご家庭。

ただ、年に1回だけお父さんが若狭湾にある坂尻の海水浴場へお母さん、お姉さん、お手紙の方を連れて行ってくれていたそうです。

いつも『たくら』さんという民宿に泊まっていたそうで、今では考えられないですが、隣の部屋とは引き戸で区切られてるだけ。部屋を閉めたら暑いので、開けっ広げで寝ていたといいます。

夜にはお皿一杯のサザエが出てきて、それが豪華に見え、味は苦手だったそうですが、何とも言えない幸せを感じたというお手紙の方。

裏には海水浴場があり、朝から晩まで海で遊び、波消しブロックまで浮き輪で行って、向こう側へ飛び込んだり、西側の浜を行けるところまで行ったりしたそうです。

そんなお手紙の方にお父さんはずっと付き合ってくれたといいます。

そんな海水浴も、中学へ入った頃から「行きたくない。」と拒否し、行かなくなったそうです。

お父さんが亡くなって今年13回忌。

お手紙の方は思春期からずっと毛嫌いしていたそうですが、理由はご自身でもよく分かっていないそう。

結婚してからは同居したことを理由に、親孝行もしないままお父さんが亡くなりました。今になって何もしてあげられなかったと後悔しているお手紙の方。

高齢になったお母さんへ、お父さんの分もと思い、旅行に連れて行ったりしているが、お父さんへの申し訳ないという思いは消えないといいます。

 

お父さんとの唯一の思い出の場所が今はどうなっているのか?

たくらさんはまだあるのか?

正平さんに是非見に来ていただきたい。と言うお手紙でした。

 

貝を食べるカラスを発見

美浜町の坂尻を目指してスタート。笙の川にかかる緑色の橋を渡って左に曲がり、川沿いを走りました。

赤い橋が見えたところでストップ。川原でカラスが貝の実をほじくり出してるのを見つけ「カラスは賢いなぁ~。」としばらく観察してました。

正平さんは、こういう普通に走ってたら見過ごしそうな生き物の動きをよく見つけてくれます。

この『こころ旅』のおかげで、道のそばにいる生き物がどんな動きをしてるのか知ることが出来て、面白いです。

 

ランチは生姜焼き

道は川沿いを走り、れかんというレストランでランチする事に。

 

正平さんは豚の生姜焼きのごはん少なめを注文していました。

ごはんを待ってる間に、「俺たち毎日走ってるけど、毎日汗は1キロぐらい出てるよね。飲んでるからあれだけど。だからきれいだよね体の中。どんどん排出して、冷たいおいしい水入れて。」と正平さんが話してると、スタッフさんたちが「肌がきれいに見える。」と返し、「4K対応だもん。」と笑ってました。

特にお店の照明の下ではお肌がキレイに見えました。

昨日はきれいなお水に漬かってたし、正平さんがどんどんキレイになっていってるんじゃないですか?

福井の女性もキレイだったし。

 

生姜焼きが運ばれてきて、最初暑くて食べられないかもと心配してた正平さんでしたが、生姜焼きのおいしさにどんどん食べ進めていました。

あれ?昨日予告してた鍋焼きうどんはじゃなかったんですね!

鍋焼きうどんは明日へ持ち越しかな??

 

…と「朝版」はここまでです。

 

バスで峠越え

 「とうちゃこ版」では、敦賀市美浜町の境に関峠という峠があり、そこはバスで越えることになりました。

チャリオとは峠を越えたバス停で合流ということで、一旦お別れ。金山というバス停から北田口までバスに乗りました。

前はちゃんとチャリオを袋に入れるってルールがあったり、トラックに乗せてもらうのでも荷台がないとダメとか、結構厳しいルールがあったのに、ゆるくなってきましたね。

まぁ、今年の春の旅の北海道の峠越えとかものすごくしんどそうでしたからね~

その時の旅の感想はこちら。↓

www.lovetv.site

 

ルール改正する事になったんでしょう!

 

しかし、バスで関峠に差し掛かった時に正平さん「これ、何でもないですよ。毎日やってたよ。こんなの。」と言ってました。

ホントかな~??

車で上ったらあっという間ですけど、これは大変だったと思いますよ!

 

バスは峠を越えて美浜町に入りました。

 

北田口でチャリオと合流。右側に若狭湾を見ながら前へ進んでいきました。

山上交差点を通過。

美浜町坂尻という案内板が見つかりました。そして、坂尻口交差点から右折して海側に入りました。

 

民宿だったところを見つける

坂尻に入って、お手紙に書かれてあった海の波消しブロックを発見。

民家が並ぶ道を走り、家の外に出ていた女性に、30~40年前にあったたくらという民宿の位置を訪ねる正平さん。

今は民宿ではないが、その方の2つ隣の家がたくらさんだと教えてもらいました。

そして海水浴場はこの裏で、以前はここら辺全体が民宿をやっていたと教えてもらいました。

 

次に教えてもらったたくらさんのお家へ。

正平さんが直接お家に声をかけると、家の中から女性が出てこられました。

民宿をやっていたか?と尋ねると、やっていたとのこと。

お手紙の方が泊まっていた民宿たくらが見つかりました。

以前はこの辺りの十数件が民宿をやっていたが、今はやめてしまったとのこと。

さらに正平さんは、お手紙に書かれていた戸1枚で区切られていた部屋だったか?と聞くと、それも一致。

知らない人同士が廊下に向かって、ふすま1枚のお部屋だったそう。

田倉さんのお宅は母屋と離れがあって、今は新しい家が建っている場所が以前の離れで、そこで民宿をやっていたそうです。

 

田倉さんのお家の間から海へ出られると教えてもらった正平さんは、お家の中を通って海へ。

しかし子供たちは学校のプールで泳ぐので、もう海へ行く人は少なく、草ボウボウになってると教えてくれました。

字幕で、現在坂尻で営業している民宿は1軒。「たくら」は1995年に廃業しました と出ていました。

 

こころの風景

海へ向かった正平さんたち。

防波堤の向こうはお話にあった通り、草ボウボウ。

草をかき分けて砂浜に出ました。

 

でも砂浜はいい感じ!

ああここでお手紙もいいな。静かだね。誰もいない海だ。

本当、誰もいなくて波が打ち寄せる音と虫の声だけが聞こえて、とても静かでした。

 

正平さんは、砂浜に座ってお手紙を読みました。

 

静かで落ち着く砂浜の風景でした。

 

明日は高浜町です。

 

 

 

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