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にっぽん縦断こころ旅2021秋を観た感想*鹿児島県4日目南さつま市坊津町*007の撮影場所でもある坊津へ!お父さんの母との思い出の場所・坊津坊

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BSプレミアムで放送が始まりました『にっぽん縦断こころ旅』。

『にっぽん縦断こころ旅』は、俳優の火野正平さんが視聴者の方のこころの風景を自転車でめぐる旅番組です。

12月13日~12月17日は鹿児島県です。

www4.nhk.or.jp

 

放送時間は、朝版」が月~金7時45分~7時59分朝版」再放送が11時45分~59分の15分番組。とうちゃこ版」が火~金夜7時~7時29分の30分番組。「とうちゃこ版」再放送が土・日朝11時~11時58分に2日分ずつ放送しています。

 

前日、鹿児島県3日目南さつま市 の旅の感想はこちら↓

 

www.lovetv.site

 

1059日目、鹿児島県4日目は南さつま市坊津町の旅

12月17日放送分鹿児島県4日目は、枕崎市の台場公園 でオープニングでした。

kagobura.net


 

お手紙の内容

今回のお手紙は、東京都大田区の51歳女性から。

こころの風景は、鹿児島県南薩摩氏坊津町坊です。

お手紙の方のお父さんが唯一話す、お父さんの産みのお母さんとの思い出の場所です。

お父さんは子供の頃、自宅のある鹿児島市内から本家を訪ねて、お母さんと二人で坊へ行ったそう。

その時のお父さんは、大人の話が終わるまで海岸で待つよう言われ、ずいぶん長いこと一人きり、坊の海岸でお母さんを待っていたそうです。

当時お父さんは3歳。「はよ戻ってこんかなー。」とどんなに待ち遠しく不安だったことか。

話を聞くたび、お母さんの姿が消えていった道を見ているあきちゃん(お父さんの愛称)の姿目に浮かぶというお手紙の方。

その数年後、お父さんは最愛の母を結核で亡くしました。

その悲しみと淋しさは計り知れません。

今88歳になり歩行が難しく、施設でお世話になっているお父さん。

家族に厳しく家庭を顧みず、そんなお父さんが大嫌いだったお手紙の方。でも今は一代で会社を築き必死に働いて育ててくれたことに感謝しているそうです。

お手紙の方が面会に行くたびに「みんな元気か、鹿児島に帰りたい。」と涙目になるお父さんが、母を失った時の幼子のように思えて胸が裂かれそうになるといいます。

かけがいのない人を失ってもずっと頑張ってきたお父さんに、寄り添っていきたい。

大好きな鹿児島、大好きなお母さんとの記憶に残る数少ない風景を、お父さんに届けたらと思いお手紙を書いたというお手紙の方です。

 

本家の場所から考えると、中坊のバス停近く坊浦を望むあたりだと思う。とのことです。

 

…というお手紙でした。

 

007の撮影場所の坊津

お手紙を読み終わった正平さんは「あの、坊津ってなんか俺、憧れてんだよね。読み方かな?ぼうのつってとこ。昔007ショーンコネリーさん。ボンドガールが浜美枝さんの時、坊津で撮影したらしいです。」と言ってました。

字幕では"ショーン・コネリー主演『007は二度死ぬ』(1967年公開)”と出ていました。


www.youtube.com

 

鹿児島まで来て撮影していたんですね!!

知らなかったです。

 

坊津、坊浦を目指して出発しました。

正平さんは「カツオだよカツオ!枕崎はカツオだね!」と港の前を通る時に言っていました。

道にある看板もかつおの置物やかつおの看板がたくさんありました。

 

タマネギが乗ったハンバーグ

そして花渡川ビアハウスというお店でお昼ごはん。

www.meijigura.com

お店の2階に上がると、窓から酒蔵が見えました。

正平さんは運ばれてきたハンバーグに玉ねぎが乗っているのを見て「しまった!玉ねぎがある。」とちょっと悔しそうに言っていました。

字幕で"正平さんはタマネギが苦手"と出ていました。

へー!それは知らなかったです。タマネギが苦手だったんですね!

大丈夫です。タマネギ好きになります。」と言ってハンバーグの上にタマネギを乗せてひとくち。

おいしー!」と目を見開いて、タマネギが甘いと言ってました。

そして話題は食事シーンを撮られることについて。

正平さんは食べるとこ撮られるのが恥ずかしいと言ってました。

食べるとこ撮られて早10年だよ。最初の頃は照れたけど、今家でGoPro置いてやりますもん。なんか落ち着かなくて。」とウソかホントか分からないことを続けて言ってました。

もう癖になったってことかな??

 

カメラの事は別にして、玉ねぎは本当においしかったようです。

オニオングラタンと一緒だ。」と絶賛してました。

 

どんな味なんだろう…。タマネギ苦手な人の美味しいと言わせる味。

 

食後。

カツオの匂いを感じながら道を走っていました。

鰹節の匂いがしているとのことでした。

枕崎鰹節と壁に書かれた建物が右側に建っていました。

鰹節を作ってるんですね!!

テレビ越しには伝わらないけど、いいにおいがするんだろうなぁ…。

 

タクシー移動

ゆるい坂が続いてきつく、息が既に上がって来ていた正平さん。

これからさらにきつい上りが待っているが、タクシーに乗りませんか?をスタッフさんから相談されていました。

正平さんは「新井さんどうします?」「…異議ありません!」と答えた正平さん。

新井さんも「異議なしです!」と言い、タクシーに乗るのが決定されました。

タクシーが到着し、車移動。

「たすかったー!」と言いながら楽々坂を上って南さつま市に入りました。

 

正平さん、昨日から風できつそうでしたしタクシーで移動できてよかったです。

タクシーから降りてチャリオに乗り換え再出発しました。

 

…とここまでが『朝版』です。

 

『とうちゃこ版』では、スタッフさんがタクシー移動の提案をする前から黒色の車がタクシーだと正平さんが気づいているところが放送されていました。

提案する前から近くで待機してくれていたみたいです。

正平さんがお願いすると、坂の下から上がって来てくれました。

あそこから乗せてよ!」ともっと前から乗せて欲しかったと文句言う正平さん。皆笑ってました。

でも「さすがに4日目。足キツイからありがたい。」とすぐに素直な気持ちを言っていました。

そして黒色のタクシーに乗り、坂を上り南さつま市入りしてました。

 

うねる坂を通り坊津へ

そして『朝版』の続き、まずはバス停を目指して出発しました。

最初は下り坂。順調に走っていましたが、また上り坂となり「よーうねってますね!」と言う正平さん。

上り坂を上ると、右側に海が見えました。

正平さんはこの海を坊浦だと思っていましたが、監督さんによると坊浦ではなく、隣の泊浦。

道は上がったり下がったりのうねりのある道。

カーブも多くて正平さんが元気なくなってきていると、後ろから「苦しみはそろそろ終わりますよ、正平さん。」と声がかかりました。

スタッフさんの言い回しに正平さんは「そうですか?」と笑ってしまってました。

あれを左に曲がって最後の苦しみで休憩しましょ。」と提案した監督さん。

監督さんが言う左側には大きなカーブが待ってました。

ハトヤさんがどんな道かまず偵察に行かされました。

ハトヤさんは坂の頂点で止まって待っていてくれていましたが、正平さんの力が続かず坂の途中で止まって一気に登れずストップ。

苦しみは終わると。…苦しんじゃないですよ、ヤなだけなんです。」と止まってる理由を笑いながら話す正平さん。

あれ?力尽きたのかと思ってました。嫌なだけだったんですね!!

まだ笑顔がある分、余裕があるみたいです。

休憩した後、やっと走り出しハトヤさんに追いつき追い越した正平さんたち。

頂点を過ぎて進み、坊津町坊の集落に入りました。

 

大変な道のりを頑張りましたね~。

 

こころの風景

坊の集落に入り、正平さんは「お父さん、分かるかな?」と言いながらゆっくりと住宅の間の道を通りました。

しんどそうにしていても、お手紙の方に寄り添って走ってくれる正平さんです。

お父さん、懐かしく見てくれてるんでしょうか??

鹿児島に帰ったつもりになって見てくれてるんでしょうか?

 

お父さんにもよく見えるように、集落の中の学校の横をゆっくりと通り過ぎて行ってました。

一条院址という石碑も立っていました。

坂の途中に建つ家の住所を見て"南さつま市坊津町坊"だと確認していました。

 

途中、歩いている人に気付かれた正平さん。でもすぐに通り過ぎて行ってしまいました。

道のところどころには猫ちゃんもいました。

次に坊トンネルを右に見て、そちらには行かず右折。

海沿いの道に『中坊』のバス停を発見しました。

チャリオから降りて、海を見て「どこで待たされたんだろう。」とお父さんが待たされたところがどこか?に思いをはせる正平さん。

ゆっくりと海沿いの道を歩き「ずいぶん違ってると思いますが、今はこうなってるよ。」とお手紙の方のお父さんに話しかけていました。

ゆっくりと海を見た後、お手紙を読みました。

 

お手紙の内容を聞きながら海を見ると、切なくなりました。

寂しかったんだろうな。鹿児島に帰りたいんだろうな。

想像すると泣けてきました。

 

鹿児島県最終日。

切ない気持ちにさせてもらいました。

いいお手紙でした。

 

来週は秋の旅最終週、沖縄県の旅です。