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にっぽん縦断こころ旅2019春を観た感想*山梨県3日目甲府市相生*火野正平さんの自転車旅!

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BSプレミアムで放送中の「にっぽん縦断こころ旅」2019春。5月13日~17日は山梨県です。

「にっぽん縦断こころ旅」は、俳優の火野正平さんが視聴者の方のこころの風景に自転車でめぐる旅番組です。

放送時間は、朝版」が月~金7時45分~7時59分朝版」再放送が11時45分~59分の15分番組。とうちゃこ版」が火~金夜7時~7時29分の30分番組。「とうちゃこ版」再放送が土・日朝11時~11時58分に2日分ずつ放送です。

 

www4.nhk.or.jp

このブログでは、「こころ旅」を観た感想を書いています。

826日目、山梨県3日目は甲府市相生の旅

5月16日放送分、山梨県3日目は、甲府市にある山梨県科学館展望台でオープニングでした。

甲府盆地が見渡せ、富士山が雲の隙間から少しだけ見え、南アルプスはしっかり見えました。

 

今回のお手紙は埼玉県所沢市の50歳女性から。こころの風景は、今はなくなってしまった大きな藤棚です。

40年前、お手紙の方が小学生だった頃の甲府市立相生小学校は、創立100周年を迎えた古い古い小学校でした。

校庭の西側に大きな藤棚があり、フェンスの向こうに路地と通っていた幼稚園があったそうです。

桜の頃が終わると藤棚には花のカーテンが、夏前になると藤棚から固く大きなさやがぶら下がり、そのさやをもぎ取っては地面に絵を描いたり意地悪をしてくる男子たちと投げ合ったりしたそうです。

10数年前に他の小学校と統合し廃校。校舎もなくなって市の施設になって、藤棚もなくなったと聞くお手紙の方。

高校卒業後地元を離れ、時々帰省してもなかなか訪れることがないとのこと。

思い出の場所はいくつもなくなり、記憶の中だけになってきたが、今でも時々あの風に揺れる紫色の風景にまた会いたいと思う。

正平さんに訪れてもらえたら嬉しい。というお手紙でした。

 

お手紙には手描きの絵地図が添えられていて、小学校は今は甲府市役所南庁舎と保健センターになっていることと、藤棚の位置が描かれていました。

 

 

酒折宮で連歌の説明をしてもらう

約8kmのルートで旧相生小学校を目指してスタートしました。

 

両側に眩しいぐらいの新緑のトンネルの下り坂を順調に進む正平さん。

「昨日も今日もありがたいな。何にも怖ないで。どんどん目的地に近付く。」とつぶやいていました。

 

途中、自転車の調整で「酒折」で休憩する正平さんたち。歌碑を見つけて、読んでみても全く意味が分からないという正平さん。

 

お宮の方に歌の意味を聞きました。

この歌は日本武尊、1900年以上の前の話。天皇の命を受けた日本武尊が、色んなところに赴いて悪者をこらしめて、人々の平穏な暮らしを取り戻した。

「新治筑波、茨城県。東国の悪者退治に向かった日本武尊が、帰りに立ち寄ったのがこの酒折宮。ここで旅の疲れを歌にした。」と説明してくださったのが上の句の部分。

新治 筑波を過ぎて 幾夜か寝つる

ーーーどのくらい経ったのだろう。供の者は誰も答えられなかった。このお宮で火の番をしていた翁が歌に対して返歌。

かがなべて 夜には九夜(ここのよ) 日には十日を

ーーー「かがなべて」とは「日々並べて」と書く。(ふつか(二日)、みっか(三日)の日は「カ」と読むので「日々」は「かが」と読む。)

九泊十日の旅。長い長い旅だったんでしょう。旅の疲れを癒す歌を返した。

これが歌の連歌のはじまり。というのが古事記日本書紀に載ってるそうです。

酒折宮が連歌発祥の地と言われてる。とお宮の方が丁寧に説明してくれました。

 

お宮の方は加えて「あげくのはて」という言葉の「あげく」の意味を説明。

連歌を五十句やりましょうとなった時の、最後の句を挙句という。挙句の果てはその先の答えが言えない。という意味から「そこで終わりですよ。」という意味。」と教えてくれました。

 

正平さんは「令和になってだいぶ賢なった。挙句の果ての挙句はそれか~。本当にありがとうございました。聞いてよかった。勉強になった。」とお礼を言ってました。

自転車故障して立ち寄ったのも縁ですね。とお宮の方もおっしゃっていました。

 

 

 

いや~。

令和になって古事記を読むのもいいかもしれないですね!

 

 

 

濁川発見 旧小学校をさがす

山梨学院高等学校の前を通過。線路の下をくぐり、お手紙の方が添えていた手描きの絵地図に描かれていた濁川(にごりがわ)を目指しました。

割と大きな川が見つかりましたが、川の名前が分かりませんでした。

さらに進んだ橋の上に小さく「濁川」と書いていました。間違いありません。

学校を探す事になりました。

 

ランチは焼うどん

若奴食堂でご飯になりました。ロケ日は令和初日。祝令和ということで、つけ麺ともつ丼のセットが750円でありました。

それ以外にもメニューがたくさんあり、悩む正平さん。焼うどんを頼みました。

 

その前にラムネで乾杯。

注文してすぐにスタッフさんみんなの分も運ばれてきました。

正平さんが注文した焼うどんはスープ付きで量も多かったです。「うまい!」と絶賛していました。

見たところ具が大きめでたくさん入ってて、ボリューム満点でとても美味しそうでした。

 

食後。

お店の女性と娘さん二人に囲まれて「両手に花」で記念撮影をしていました。

 

水路に橋がたくさんかかる

濁川をたどっていくと、お家一軒につきひとつの橋が架かっている集落がありました。

「1軒にひとつの橋。どっかもありましたね。」と長野にも同じような場所があったことを振り返ってました。

 

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ちなみに私が育った町にも、こんな大きな川ではありませんでしたが、水路に面した家が建っている一画があって、今回の場所と同じように1軒ずつ家の前に橋が架かってましたよ。

その橋には車が止まってて、駐車場代わりになってました。

今回の場所も、家の前の大きな橋に2台ぐらい車がとまってました。家の前に橋があるところあるあるなんでしょう!!きっと。

 

こころの風景

お手紙の方はなくなってしまったと書かれていましたが、「市立相生小学校」と門に書かれた建物が出てきました。

先に進むと別の門には「保健センター」と書かれていたので、その建物が甲府市役所南庁舎だと分かりました。

正平さんはすぐに藤棚も見つけ、その場所まで移動しました。

校庭にあった藤棚。今は駐車場になっていました。駐車場の前には幼稚園。お手紙の方が書かれていた場所で間違いないようです。

藤棚残ってましたね!!思い出の場所、なくなってなかったです。

 

正平さんはチャリオを降りて「今は市のもの。本当に廃校多いな。棚は残ってる。」しみじみと言いながら藤棚まで歩きました。

 

そして藤棚の藤の木の下に座り、お手紙を読みました。

お手紙を読み終わり「藤棚あったよ!なくなってない。今は市のものになって、まぁ休みってこともあるんだろうけど、静かでなんか藤棚さみしそう。やっぱ学校の校庭とかが似合うんだな。」としみじみと正平さんは言っていました。

 

山梨県3日目。

思い出の場所がなくなってきていると書かれていたお手紙の方でしたが、ちゃんと藤棚も校舎らしき建物も残ってて、観てる私も嬉しかったです。

立派な藤の花でした。

 

明日は身延町です。

 

 

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