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にっぽん縦断こころ旅2022春を観た感想*和歌山県2日目湯浅町*しらすしらすのうちにしらす丼!思い出のいなり寿司と栖原海岸へ

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BSプレミアムで放送中の『にっぽん縦断こころ旅』。

『にっぽん縦断こころ旅』は、俳優の火野正平さんが視聴者の方のこころの風景を自転車でめぐる旅番組です。

3月28日~4月1日、春の旅最初の週は和歌山県です。

www4.nhk.or.jp

 

放送時間は、朝版」が月~金7時45分~7時59分朝版」再放送が11時45分~59分の15分番組。とうちゃこ版」が火~金夜7時~7時29分の30分番組。「とうちゃこ版」再放送が土・日朝11時~11時58分に2日分ずつ放送しています。

 

前日、和歌山県の旅1日目和歌山市への旅を見た感想はこちら。↓

 

www.lovetv.site

 

 

1065日目、和歌山県2日目は湯浅町への旅

3月30日放送分和歌山県2日目は、湯浅町の宿泊施設・湯浅城の天守閣にいる正平さんの「おーい!」という声で始まりました。

www.yuasa-kankokyokai.com

下から城を見上げるBカメさんの目線でのオープニング。

天守閣にいる正平さんにカメラが寄っていくと、「こんにちはー!」と正平さんが両腕を広げてお笑いの『錦鯉』の長谷川さんの真似をしてました。

続けて「もう古い!」と自分で自分の頭を叩いて、ひとり錦鯉をしていました。

 

昨年からお気に入りですよね!錦鯉。正平さん。

今週の監督さんがお城好きで、前日のオープニングは和歌山城だったと説明していました。

本物の湯浅城跡は天守閣から見える山にあり、山城だったそうです。

石垣も見えました。

 

宿泊施設の湯浅城からは、湯浅湾が見えていました。

 

お手紙の内容

今回のお手紙は、湯浅町の56歳の男性から。

こころの風景は、祖母と行った海の景色 です。

和歌山県湯浅町の栖原(すはら)海岸です。

自営業や共働き家庭で、お手紙の方や従兄弟さんの多くがおばあさんに育てられたとのこと。

つゆだく親子丼、ボウルいっぱいのマカロニサラダ。懐かしいおばあさんの味の思い出を共有されているお手紙の方たち。

日頃は厳しく躾けられていたそうですが、おばあさんがたった一度だけ「海へ行こうか。」と当時3、4歳だったお手紙の方と従兄弟さんを誘い、近くのお店でいなり寿司を買い湯浅駅前からバスに乗り栖原海岸に向かったそう。

おばあさんは着物にショールのようなものを肩に掛けた姿。まだ肌寒い春先の頃だったと記憶しているお手紙の方。

栖原海岸はおばあさんの実家のすぐ近くだったのに、道中のバスの中でも、海に到着してからも、何も話さず座っておいなりさんを食べていただけ。

実家に寄ることもなく、折り返して戻ってきたバスに乗って家に帰ったんだそうです。

お手紙の方にはおじいさんの記憶はありません。

お手紙の方と従兄弟さんに名前を付け、お手紙の方が生まれてふた月もしないうちにがんで亡くなったとのこと。

おばあさんが海に誘ってくれたのは、おじいさんが亡くなってまだ3、4年の頃。

お手紙の方の幼い頃の記憶の中では「おばあちゃん」でしかないそうですが、当時まだ50代。

おじいさんが亡くなってからも夜は髪を整え、化粧をして高枕で寝床に入る明治生まれの女だったおばあさん。

当時化粧の理由や意味を知る由もなかったが、おばあさんが何を思い、何を見たさに、あるいは何らかの思いを棄てるつもりで実家近くの海に来たのかーー?

幼い頃はなんとも思わなかったあの日の海のことを50代後半になった近年しきりに思い出し、考えるお手紙の方。

答えが見つけようもなく胸がモヤモヤするようなノスタルジックな思いが残るばかり。

自分より「古風な女性への造詣が深い正平さん」に、出来ればその明治女に思いを寄せていただきたくお手紙を書かせていただいた次第です。

 

…というお手紙でした。

 

「高枕」と聞いて時代劇の世界だと言う正平さん。

結った髪が崩れないようにするための高い枕。

あんなんでなかなか寝られない。首おかしくなるよ。でも明治あたりまでの人はそうだったんでしょう。

と、早速お手紙の方のリクエスト通り、明治女に思いを寄せていました。

 

みかんはいつまで売られてる?

栖原海岸を目指して出発。

下り坂を下ろうとしたら、「みかん」と書かれた看板を早速発見!

あんれまあ、いきなりみかん!」と地の物の無人販売所を見つけて嬉しそうでした。

みかんは100円で売られていました。

みかんって、でもいつまであんだろう…?冬のもんだよね。」と季節の終わりを気にしていました。

 

そういえば、いつまででしょうね…。

スーパーではまだ売られてるのを最近見かけました。

秋に青いみかんが売られ始めるのは9月ぐらいと思いますが、みかんが売られなくなる時期はあんまり気にしていなかったです。

 

熊野古道の道を走る

川沿いの道に立っていたおばあさんに「おばあちゃんこんにちは!」と元気に挨拶して「はい!」と返事してもらっていた正平さん。

かわいいおばあちゃんが好きな正平さんです。

次に商店が立ち並ぶ曲がりくねった道を通り、『湯浅名物金山寺味噌』の看板を見つけていました。

古い街並み保存地区。」と正平さんがつぶやくと、後ろからスタッフさんが「熊野古道って書いてありますよ。」とひとこと。

街灯の下に『熊野古道 道町中』と書かれた看板がありました。

 

熊野古道って、石畳の山の道だけだと思ってました。

前にこの番組の同じ時間帯に、女性アスリートたちが歩いて熊野古道を行く番組『街道てくてく旅 熊野古道をゆく』を放送してましたよね。

道を歩いて町の紹介をしていた番組でした。

私はかわいい紀州犬を紹介していた回を覚えてます。

紀州犬のワンちゃんたちが、凛々しいのに愛嬌のある顔をしてました。。

『たちこみ』という犬のコンテストでやるポーズをやらせていたのを覚えてます。

 

話戻って。

正平さんは「昔はこれ通って行った。なるほど古いな。へー。」と道沿いに建っている建物を見ながら通過していました。

 

そして道の途中で『湯浅町 お楽しみ界隈』という絵地図の案内板を見つけて、栖原海岸の位置をすぐに見つけていました。

それから、『しらす』が有名だというのもみつけていました。

 

ランチは生しらす丼

その案内板を見た後、ランチのお店に入店。

お店の前には『生しらす丼』と書かれた看板やのぼりが立っていました。

正平さんは生しらす丼を5注文。

運ばれてきたのは、どんぶりのご飯と別にお皿にたくさん盛られたしらすに、ネギとゴマがかかっていました。

正平さんは早速ごはんにしらすを流し入れ、1つだけしらすをつまんで「どんな顔してんねやろ。」としらすの顔をじっくりと見ていました。

しらすの目を見て納得した正平さん。

しらすの上に醤油をかけてひとくちパクリ!

「うめえど!」と続けてパクパク食べていました。

 

生しらす丼、美味しそうでした!!!

 

1人前、何匹ぐらい?」と気になった正平さん。

スタッフさんが正平さんに代わってお店の方に質問。

お店の方は「100グラム。何匹か…。」と言い、正平さんが「100匹?」と聞くと「もっといると思います。」と答えてくれてました。

今ちょうど河口でシロウオの漁やってる。」と教えてくれました。

今の時期2~3週間やってるのだそうです。

 

食後。

お店を出る正平さんに、お店の方が「ずっと北海道まで行かれるんですか?」と質問。

まだ先ですけど、ぼちぼち。」と答える正平さん。

スゴイですね!」と驚かれていました。

 

…とここまでが『朝版』です。

 

しらすしらすのうちに…?

『とうちゃこ版』では、このお店でしらす丼を待っている時に正平さんが「しらす」という言葉で思い出した話をしているのが放送されていました。

あの~、みんな若いから知らないだろうけど。昔宇崎竜童さんが『知らず知らずのうちに』って歌を歌ってたのを知らないだろう。

とスタッフさんに言うと「知らないです。」と答えるスタッフさん。

しらすしらすのうちに…君を好きになって。しらすしらすのうちに町を歩いていた」と笑顔で歌い出した正平さん。

ずっとこれを繰り返すらしいです。

でも「あくまで知らず知らずのうちだからね。」と笑いながらすぐに訂正。

しらすじゃない!」とツッコまれていました。

 

なーんだ、なんかおかしいなと思った!!

正平さんがニヤニヤしながらなんか言うときは、なんかふざけた面白いことを言うときですね!

 

ちなみにYouTubeでその歌があったので載せておきます。↓


www.youtube.com

 

 

しらす丼、美味しそうでした!!!

和歌山にはおいしそうな食べ物が多い!!!

 

 

湯浅駅近くでいなり寿司を買う

食後、走って湯浅駅に到着。

近代的な立派な駅でした。

 

住宅街の細いくねった道を抜け、お手紙に書かれていたおばあさんがいなり寿司を買った『つるや』というお寿司屋さんに着きました。

今も店頭販売していた5個入りのいなり寿司を購入。

お店の方に50年前に買った人がいるという話をすると、お店の方が驚いてらっしゃいました。

 

50年前の思い出のお店が今もあるって嬉しいですね!!

 

こころの風景

お手紙通りいなり寿司を買って、古い街並みを通って栖原海岸へ。

素敵な街並みで、途中のお魚屋さんの前にはネコちゃんがいました。

昔、醤油蔵があったとスタッフさんが説明していました。

 

海沿いに出てそのまま走ります。

途中『栖原温泉』という看板が出てきました。

そのまま海沿いを走っていると砂浜が出てきました。

栖原海岸』というバス停も見つかりとうちゃこ

 

チャリオを降りて、正平さんは砂浜に下りました。

海岸の岩には海苔みたいな緑が張り付いていました。

岩の上を歩いて水近くまで行くと、海の水に太陽の光が反射して、キラキラしていました。

 

しばらく海の景色を眺めてから、正平さんはお手紙を読みました。

お手紙を読み終わった正平さんは「おばあちゃんは、何を考えていたか何を忘れようとしていたか?あんまり考えなくてもいいと思うよ。…ちょっと海見たかったからみんな連れてきただけだったかもしれないし。」とお手紙の方に話しかけていました。

 

そして買ってきたおいなりさんを食べて終了!!

 

うーん。

正平さんの言う通りかもしれないですね!

20年ほど介護の仕事をしてる母が仕事を初めて頃は、明治生まれの方がまだまだいらして、大正生まれの人の方が若いはずなのに、明治生まれの方が体も丈夫でしっかりしてるってよく言ってました。

明治女は、思ってるよりも強い女性だったかもしれませんよ?

って、会ったことも話したこともない私が言うことじゃないですね。

ただ懐かしい海を見に来たくなっただけ。

バスを逃すと帰るの大変だから、サッサと帰っただけかもしれない。

 

でも、何か考えていたと思いたい気持ちもわかります。

おばあちゃんに寄り添いたい気持ちも。

私も大正生まれのおばあちゃんのことよく思い出しますから。

 

今回のこころの風景は、見てるこちらも何か考えさせられる海の風景でした。

 

和歌山県の旅でめぐる町

和歌山県の旅でめぐる町は、テレビの番組表によると…

  • 3月29日…和歌山市
  • 3月30日…湯浅町
  • 3月31日…田辺市
  • 4月1日…白浜町

 

…の放送予定です。

 

明日は、田辺市への旅です。

 

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