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100分de名著 マルクス・アウレリウス「自省録」第1回( 自分の内を見よ)を観た感想とネタバレ

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4月の「100分de名著」で取り上げられていたローマ皇帝マルクス・アウレリウスの「自省録」の内容がものすごく面白かったので、ブログで残しておくことにしました。

 

毎週月曜夜10時25分からEテレで放送中の「100分de名著」。4月はマルクス・アウレリウスの「自省録」です。4月1日に第1回が放送されました。

www.nhk.or.jp

古代ローマ帝国五賢帝の一人マルクス・アウレリウスは、とても悩み多き人物。家族や家臣との人間関係。相次ぐ隣国との戦争。

困難の中でも「幸福になりたい。」と願ったアウレリウスが、自らの内面に向き合って夜ごと書き連ねた言葉が今も「自省録」として伝わっているのです。

ローマ皇帝が書いた物が、哲学書として2000年経った今を生きる私たちに生きるヒントをくれる本だというのです。

今回の指南役はギリシャ哲学を専門とする、哲学者の岸見一郎さん。「私たちはどうすれば幸福になれるか?」という視点から「自省録」を読み解きます。

「自省録」の基本情報

著者:第16代ローマ皇帝マルクス・アウレリウス(121-180)

  • 160年ごろからおよそ20年にわたって書かれた
  • 自分の内面を見つめ己を律する言葉が綴られた手記
  • 1559年に初めて印刷・出版される

 

 

原題はギリシャ語で「タ・エイス・ヘアウトン」。直訳すると「自分自身の為のもの」「覚書」。

全く公開される意図はなく、本人が今の状態を望んでいたかどうかは不明とのこと。

まさか私的な日記が2000年もずっと語り継がれるなんて思いもしなかったかも?というものなんだそうです。

パピルスとか、羊皮紙とか、残しておくには状態の悪いものを、皆で写して写本をたくさん作って、伝わってきたという話です。

しかも、最初は皇帝が書き写したものだとは知られずに伝えられてきたのだといいますから、それだけ内容がとっても面白かった、というのが想像できます!

 

ここまでの話を聞いて、私は、どんな面白いもんなんだろう?と食いつきました。

 

内容は、宮廷での家族関係、災害などの困難を乗り越える為の指針を自ら書き残したもの。

哲学とは、生きるための指針を明らかにしようとするもの。

指南役の岸見さんは、こういう「自省録」みたいな本こそが「本来の哲学の本」と考えてるそうです。

 

内容は哲学。でもすぐに実践できるわけではない。「自省録」では、出来ないから何度も何度も同じことが書かれてる。そこが面白いとのこと。

「こうするべき」と分かってても出来なかったと、自分を戒めたり反省してる本だから、読んでる自分たちと同じ目線で読める本。だそうです!!

弱いアウレリウスと強いアウレリウス。この弱い方のアウレリウスに、読者が自分自身を重ねて読める。

というところがこの本の魅力だと岸見さんは語ってました。

 

アウレリウスのプロフィール

西暦121年。ローマ帝国が平和と繁栄を謳歌していた時代。

皇帝に仕える名門家庭に生まれたアウレリウスは、一流の学者や家庭教師に囲まれて哲学を学ぶ少年時代を過ごしました。

なかでも古代ギリシャで生まれた「ストア哲学」に熱中したというアウレリウス。

12歳の頃に簡素な服を着て地べたで寝る、という自分に厳しい生活を貫こうとして、母に「体を壊すからやめてくれ」と言われ、数日で渋々断念したというエピソードがあるそうです。

15代皇帝アントニウス・ピウスは、勤勉で優秀なアウレリウスを次期皇帝に指名。

18歳だったアウレリウスは哲学者を目指していて、哲学の道を断たれてしまう。と校庭になることに恐怖を感じていたといいます。

西暦140年。執政官の就任。校庭のそばで昼は政務、夜は寝る時間を削って哲学の勉強に没頭。寝不足で公務に支障をきたしても「哲学」をやめる事が出来なかったアウレリウス。

西暦161年。アントニウスの死を受け、アウレリウスは39歳で皇帝に即位。

その後戦争や災害、家族の死など多くの困難がたちはだかる。そんな孤独と苦悩に包まれた中、アウレリウスは日々心の内を書き続けたんだそうです。

それが「自省録」。

 

我々を守ることができるものは何か。

それはただ一つ、哲学だけだ。

 

通常、皇帝に選ばれる事は光栄なことで喜ぶはずが、苦難も予想していたんじゃないか?という岸見さん。

いつ何時陥れられ、裏切られるかもしれないという状況に身を置くということを、哲学を学んでいたアウレリウスは、経験がなくても分かっていた。

本当は哲学者として哲学を極めたいけれど、皇帝になるという運命を拒まず受け入れ政務についたというのがアウレリウス。と岸見さんはおっしゃっていました。

 

ストア哲学とは?

ストアとは「柱が並んだ廊下」という意味。そこで哲学者たちが議論していた。と言うことから「ストア哲学」「ストア派」という言葉が生まれ、今の「stoic(ストイック)」という言葉の語源にもなっています。

耐え忍ぶ哲学ではなく、どんな状況にあっても

運命をいかに克服していくかを説く哲学。

 

アウレリウスの哲学を一言で表すと実践の哲学

議論してても意味はない。

アウレリウスは政治家になり、理想としたのは人皇

 

紀元前の哲学者プラトンは著書の中で「今政治を行っている人が哲学を極めるか、もしくは哲学者が政治家にならなければ、国家にも人類も不幸が止む事がない。」そのことを実践しようとしている。

と岸見さんは解説されていました。

 

これはスゴイと思いました!

哲学を習っていたからこそ、望んでいなかった皇帝になることを受けいれたアウレリウス。

やるべき事をやった上で、自分がやりたいこともやっていく。アウレリウスの強さが分かります。

ここまでの話を聞いて、アウレリウスという人の魅力に引き込まれました。

 

善く生きる

アウレリウスの一日の始まりが書かれた「自省録」の一部。

 

早朝に自分に向かっていえ。

私は今日もお節介で恩知らずの傲慢な欺瞞的な嫉み深い非社交的な人間に出会うだろう。

彼らは互いに軽蔑し合いながら互いにへつらい合う。

そして、相手に優越しようと欲しながら互いに譲り合う。

 

朗読は俳優の渡辺大さんです。皇帝の服を着て、アウレリウスの役を演じながらアウレリウスとしての言葉を読んでいました。

 

苦手な部下ともうまくやっていくため、自分をいさめるアウレリウス。

 

皇帝化させられてしまわないように、染められないように注意せよ。

それは現に起こることだから。

 

皇帝だからといって、偉そうに権力を振るうのではなく、部下たちの前でも高圧的にならないようにしたのです。

 

生きることのできるところでは、善く生きることもできる。

ところで、宮廷においても生きることができる。

したがって、宮廷でも善く生きることができる。

 

と自分に言い聞かせていたらしいです。

 

善く生きる幸福に生きるということ。

 

宮廷でも幸せになれるはず。と意気込んで政務に励もうとするアウレリウスです。

 

岸見さんの解説によると、この「善」と言う言葉はギリシャでは「ためになる」という意味。「悪」という言葉は「ためにならない」と言う意味。なんだそうです。

 

人は判断を誤る

宮廷での現実は厳しく、対人関係に悩むアウレリウス。

 

最初に現れる表象が伝えること以上のことを自分にいうな。

何某がお前のことを悪くいっていると告げられた。

それは確かに告げられた。

だが、お前がそれによって害を受けたとは告げられなかった。(中略)

このように常に最初の表象に留まり、自分で内から何一つ言い足すな。

そうすれば、お前には何事も起こらない。

 

番組では、

「表象」とは、何か外にあるものを認識する時に心の中に刻印される映像のことを指します。人はこの「表象」に余計な判断を加えてしまいます。

「誰かが自分の悪口を言っている」という「表象」に、「傷つけられた」という判断を加えるのは自分自身なのです。

 

という解説を加えてくれていました。

この判断を誤ってはいけない。と何度もアウレリウスは書き記しているそうです。

 

お前が何か外にあるもののために苦しんでいるのであれば、お前を悩ますのは、その外なるものそれ自体ではなく、それについてのお前の判断なのだ。

事物は魂に触れることなく、お前の外に静かにある。

苦悩はお前の内なる判断からだけ生じる。

お前を悩ます多くの余計なものは、すべてお前の判断の中にあるので、お前はそれを除去できる。

 

 

岸見さんの解説によると、人は、どうすれば幸福になれるかという時、手段の選択を誤る。自分がある状況を、自分が不幸になるように判断する。

例えば、子供が勉強していないという事実があるとして、それはそれだけ。でも親はそこに余計な判断を加える。⇒「きっとこの先ずっと勉強しないだろう。

しかしこれは親の判断。

実際は、子供がこの瞬間勉強していないという事実があるだけ。

 余計な判断は加えてはならない。…ということ。

 

岸見さんの話を聞いて、伊集院さんが「何度も書いてるってことは、彼自身何度も迷ったんでしょうね、おそらく。何度も不安になったから、その度に違うって何度も確認してったんでしょうね。」と、この本のいいなと思ったところ。一緒に頑張れるところだとおっしゃっていました。

 

この伊集院さんの感想は面白かったです。

アウレリウスは、上から偉そうに言ってるんじゃなくて、本人も合ってるかどうか不安に思って、悩んだことがうかがえます。

そういう迷いが見えるからこそ、他人事として読むんじゃなくて、共感して自分の事として読めます。

 

そうはいっても悪口を言ってるのを目の前にしたら、嫌われてると判断してしまいますもんね。でももしかしたら、好きの裏返しで言っているかもしれない。

その判断を誤ってはいけない。なかなか思えないですよ。

 

自然に一致して生きる

判断を誤らない為にアウレリウスが実践するように言っている部分。

 

お前は自分自身を単純で、善良な、汚れのない、威厳があり、虚飾のない、正義の友で、敬虔で、親切で、愛情深く、義務に対して熱心である者であるようにせよ。

哲学がお前を形作ろうと欲したような人に変わらずあるように励め。

 

と記しています。

しかし実践するのは難しい。

善い人になる為に「自然に一致して生きる」ことを目指すアウレリウス。

 

番組では、自然とは、山や川、草木という意味での自然という意味ではなく、宇宙の秩序である理性=ロゴスを意味している。宇宙の内にある人間もそのロゴスの一部であり、人間の中にも同じロゴスがある。

ロゴスに従って生きるということが自然に一致して生きる。ということだと解説していました。

 

自然に一致して生きるためにすべきこと

その為にすべきことも「自省録」には書いてありました。

 

お前の内を掘れ。

掘り続ければ、そこには常にほとばしり出ることができる善の泉がある。

 

ーーー

 

判断を誤らない為に、自分に言い聞かせているアウレリウス。

岸見さんは、無理だと思ってしまったら自分を変えることはできない。こうあるべきだという理想を掲げているから少しでも理想に近づける努力が出来る。

無理だと思う弱いアウレリウスの部分だけだったら話にならないが、一方で厳しい事も言っていると解説されていました。

 

ロゴスとは?

岸見さんは、ロゴスとは理性のこと。正しく判断する能力。人はそれぞれ理性を分有してる形で、お互い調和している。というのがアウレリウスの考え方だと解説。

例えば、星の運行には秩序があり、規則的に何時に日が出て何時に沈むかが分かっている。それと同じような秩序が人間にもある。

 

岸見さんの話を聞いて、伊集院さんが「人間は恐らく、食べたいものを食べたい時間に食べたら、中肉中背、もしくは健康体でいられる。ところが何かがずれてきた時に、恐らく変なものを食べたくなる。変な時間に変な量を食べたくなるんだと思うんです。」と、ダイエットのことを例に出していました。

岸見さんは「その一口がこれぐらいいいだろうと思ってしまう。そこで判断を間違う。どうすることが自分にとってためになるかということを判断できてない人が多い。逆に言うとそれが分かってる人は、宇宙の秩序ロゴスに従って、あるいはロゴスに従って生きているということ。」と、伊集院さんのダイエットの話を受けて解説されていました。

 

「内を掘れ」とは?

内側を見ないと人は幸福になれない。でも人はまず、自分の内をみないで外を見る。他人の心を読もうとする。

岸見さんは、大正・昭和にかけて活躍した歌人土岐善麿が、日本が戦争に負けた8月15日に起こったことを書き残していた

あなたは勝つものと思つてゐましたかと老いたる妻のさびしげにいふ

という歌を例に挙げていました。

男性たちは戦争に勝てると思っていたが、妻たちは戦争のさなかも日々料理を続けていて、物が不足してきているのは分かっていた。そういう限られた情報の中、自分自身の内なる判断をする事を通じて、「この戦争はもう無理だ」ということが、地に足がついていない男性たちよりも女性の方が先に気付いていた。

この歌を例に岸見さんは、

内を見つめないといけない。外からの情報だけに振り回されてはいけない。

 

と伝えようとしてると解説されていました。

 

岸見さんの解説を受けて、伊集院さんは「すごく感動的なのは、やっぱりこう思って頑張ったところだと思う。悩んで悩んでうまくいかなくて、それを人のせいにするんじゃなくて俺を掘るんだ。俺はまだ何か判断ミスをしてるんじゃないかってことを考え続ける。その感じがとても僕は感動する。」と感想を言ってました。

 

伊集院さんも言ってましたけど、この「自省録」は著者が名言的なものを並べるだけの哲学書じゃなくて、著者自身も悩んで、こうあろうと頑張る姿が共感を呼んで読みやすいと思いました。

 

悪口言ってるのは「表象」。ただ言ってるという事実があるだけ。それで傷つくのは自分の判断。っていうのは目からウロコというか、傷つくのは人のせいじゃなくて自分がそう判断するからだ。

う~ん。これは判断誤るでしょ?悪口言ったっていう事実があるだけなんて思えるかな?

 

今回の「100分de名著」で、今までの自分になかった考えに触れることができ、とても新鮮に感じました。

 面白かったです。

 

次回、第2回は「他者と共生する」です。

対人関係に悩んだアウレリウスがい導き出した答えとは?

 

 

この番組にはテキストがあります。⤵

 

 

 

「自省録」です。↓