テレビ好きぴえーるの日記

テレビ好きの主婦によるドラマ、バラエティ、旅番組、入院生活などの雑記ブログ。

100de名著 M・ミッチェル 風と共に去りぬ 第2回(アメリカの光と影)を観た感想とネタバレ

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毎週月曜夜10時25分~10時50分まで、Eテレで放送中の「100de名著」。2019年1月はマーガレット・ミッチェルの「風と共に去りぬ」を取り上げています。1月14日、第2回が放送されました。

100分de名著の司会は、安部みちこアナウンサーと伊集院光さんです。月に1冊、1回25分で4回に分けて一作品をその作品に詳しい方に解説をしてもらって、理解を深める番組です。

話が難しくなっても、伊集院光さんがいつも分かりやすく噛み砕いて例えを出してくれるので、分からないまま番組が進まないのがいいです。

全然知らなかった作品でも、番組を見終わった後は読みたい!と思わせてくれます。

www.nhk.or.jp

 今回取り上げられた「風と共に去りぬ」が描かれたのは、黒人奴隷制度などをめぐって1861~65年にアメリカが来たの南に分かれて戦った南北戦争の時代です。

番組では2015年に「風と共に去りぬ」の新訳を手掛けた、翻訳家の鴻巣友季子さんが現在にも通じる新たな視点で、映画を見ただけでは分からない文学的魅力を話していました。

第1回「一筋縄ではいかない物語」も、以前書かせてもらいました。

 

www.lovetv.site

 

今回は、第2回「アメリカの光と影」がテーマでした。

 

揺れるスカーレットの思い

物語の流れは、開戦から2年。南部連合軍が圧倒的に敗色が強くなってきているという状況です。スカーレットは、アトランタで息子ウェイドと共に、出征中のアシュリを待つメラニーと同居中でした。

そこへ、アシュリがクリスマス休暇でアトランタに一週間の一時帰宅をします。

スカーレットは、アシュリと二人きりになる機会を狙っていました。当然ながら、なかなかチャンスがなく、アシュリが戦地に戻る前日。メラニーがアシュリと離れることを悲しみ、寝込んでる隙を見計らって、スカーレットはアシュリと二人きりになり、もう一度アプローチをします。

スカーレットはあふれる思いを伝えようとしますが、アシュリに「僕に代わってメラニーの面倒を見てくれないか?」と言われてしまいます。

メラニーの面倒を?」とひどくがっかりするスカーレット。怒りが込み上げたものの、アシュリの為に約束をしました。

 

しかし、メラニーから妊娠を告げられ激しく動揺。「アシュリの子を宿した女性となんか、同じ屋根の下に一刻もいられない。タラのわが家へ帰ろう。」と考えます。

そこへ、アシュリが行方不明となり、北軍の捕虜となったという情報が入り、さらにタラにいるスカーレットの母、エレンが腸チフスになったという知らせも届きます。

 

メラニーを捨ててタラに逃げたい!スカーレットは葛藤します。

スカーレットはメラニーが妊娠していなければ<タラ>に向かうのに!メラニーのお産は大変なことになると医者から聞いている。もしメラニーが死んだらどうしよう。と不安を抱えながら…。

メラニーが死んだら?そうしたらアシュリはわたしと…いいえ、そんなことは考えてはいけない。恥ずかしいことだわ。でもそうすればアシュリはーだからそんなこと考えちゃだめよ。罪深いことだわ。それに、お母さまの命を助けてくれたらきっと善い人間になりますって神さまに誓ったんだもの。」

 

アトランタ北軍が迫るなか、メラニーは産気づく。医者に助けを求めるも、町にあふれる負傷者への対応に追われていて、断られました。スカーレットは、黒人の召使と二人でメラニーの難産を乗り切ります。生まれた男の子は、ボーと名付けられました。

 

番組では、このスカーレットの葛藤の部分を、龍真咲さんが朗読していました。

伊集院さんはその朗読のリズムも手伝って「ちょっとかわいらしく見えてきたり、「メラニーが死んだら…」とそんなこと」ダメ。そんなこと全部同時に思って、揺れたりするのをちゃんと書き切ってるから、ここが楽しいのかな?」と感想を述べていました。

その感想を受けて、鴻巣さんは「一つの声を書いたら、そっちの方にず~っと行くんじゃなくて、いやいや違うっていう、また違う声が出てくる。でまた、3つ目の声が出てくると。これ多声的、ポリフォニックな書き方というんですけれども、まさにミッチェルの創作手法ってそういうもので、色んな声を放り込んでくるんですね。各登場人物が、結構多面性を持っているということと、常にこっちに引っ張られたらこっちを持ってくる。ミッチェル、必ずやるんですね。」と作者の創作方法について語りました。

 

人ってそんなもんですよね~。

伊集院さんも言ってましたが、龍さんの朗読のおかげで気持ちがすごくよく分かりました。映画も観ましたけど、映画ではなんて自己中な勝手な、と一面でしかスカーレットを見れてませんでした。

しかし、原作はこんなにも方言が細かくて面白い。映画の方が分かりやすくてすぐ理解できますけど、ゆっくり心情を読みたければ、やはり本ですね~。

 

こういう時の朗読って、劇を見せられるよりかえって状況が分かりますね!

 

二段階の喪失

戦火は迫り、スカーレットたちはアトランタからタラへ逃げるのですが、そんな大変な時にレット・バトラーが現れます。レットは馬車を盗み、町が炎に包まれるなかを助け出してくれてタラへ向かいました。

 

この場面は映画でも大掛かりなシーンで、私も画面いっぱいの炎に圧倒されたのを覚えています。

 

道中、ボロボロになった南軍兵士を見て、二人は南部の敗北を実感。スカーレットは、レットがタラまで一緒に来てくれると思っていましたが、レットは急に南軍に志願すると言いだします。

引き留めるスカーレットに「おいおい、よせよ、スカーレット。きみは無力じゃないだろう。きみほど身勝手で剛情っぱりな人間が無力であるはずがない。まんいちヤンキー(北部)軍がきみを捕まえちまったら、神よ、彼らを助けたまえ。」とレットは言い、熱い口づけをして去っていきました。

 

このシーンを映画で観た、幼かった頃の単純な私は、レット・バトラーって嫌味ばっかり言ってるけど、スカーレットの事好きやったんやん!と思いました。でも、じゃ何故去っていく?と謎に思ってました。

 

伊集院さんも、レット・バトラーの今さらの軍への志願に疑問を持ち、鴻巣さんに聞いていました。

「真相は分からないです。急に愛郷心のようなものが湧き上がってきたのかもしれないし。ただ、皆ここはちょっと唐突に感じる。と思うんですね。作者ミッチェルの側から考えると、レットに、スカーレットを捨ててもらう必要があった。というのが私の考えです。実はこの部分、レットに捨てられてから次章までのパートが、最後の最後まで書けなかったらしいんです。」と言う鴻巣さん。

鴻巣さんによると、ミッチェルは「風と共に去りぬ」を冒頭から書いていたのではないらしいのです。エンディングのあたり、ある人物が天に召されるあたりから、遡るようにして執筆したそうなのです。

このパートで重要なのは、スカーレットが庇護者を二段階で失うこと。

 

まずはレット。次にもう一人庇護者を失います。

 

ここで伊集院さんが「名著で取り上げらるような小説はどこか謎めいていていい。レットはこう思ったんじゃないかというとこって、実は何か所か必要。そう思えるくらい他のパーツが信頼できるってすごい事だと思うんです。」と言っていました。

鴻巣さんも伊集院さんの言葉を受けて「謎がむしろ魅力に転じる。」と言っていました。

 

 

スカーレットがタラに戻る前日に、母は亡くなっていました。魂の抜けたように変わり果てた父が迎えました。

残された妹と使用人も頼りなく、タラを支える重責が、スカーレットにのしかかります。

畑をあさり、見つけた野菜をむさぼり食べながらスカーレットは神に誓います。

「神に誓って、神に誓ってヤンキーなんかに“イチコロ”にされるもんですか。この地獄を生き抜いてなんとか片が付いたら、もう二度とひもじい思いはしない。<タラ>のみんなも飢えさせない。ものを盗み、人を殺めることになろうとーー神に誓って二度とひもじい思いはしない。」

 

次にスカーレットが失ったのは母でした。

この二つの喪失で、ようやくスカーレットは子供時代、娘時代を終えて自立の第一歩に踏み出します。だからこそ、ここでレットがいたら自立の決意が完結しないので、去ってもらった。と作者ミッチェルの考えを読む鴻巣さんです。

 

スカーレットは、父、息子、妹たち、そしてメラニー親子と一緒に暮らす事になりました。そしてタラに着いた翌年に南部連合が投降して終戦したのです。

 

メラニーの登場

南北戦争後は混乱し、北軍の兵士たちが屋敷にやって来て略奪や襲撃に遭う場面が描かれます。スカーレットは、侵入してきた北軍兵士一人、撃ち殺してしまいます。

そこに、飢えや病気でやせ細ったメラニーが、サーベルを抱えて駆け付け、射殺した兵士のポケットを見て、金目の物がないか探ってみようと提案。いつも優しいはずのメラニーの変貌に、スカーレットは、メラニーも私と同類と驚愕します。

 

この場面は、前回鴻巣さんが言っていた「黒メラニー」が出現した場面になりますね!「まさかのスカーレットとメラニーの似た者同士。」と伊集院さんもため息をついていました。

 

鴻巣さんは「スカーレットは、エキセントリックで型破りな人物ではありますけれど、常識の一線は絶対越えないんです。実はメラニーって本当にただの聖女じゃなくて、狂気の境を越えそうな覚悟を感じる時もあるもしかしたら、私(スカーレット)を上を行く人間(メラニー)なんじゃないか、と。」と解説していました。

 

私は、最初メラニーを馬鹿にしてたところがあったスカーレットと、メラニーの立場が逆転してる感じがして、なんだかスカッとした気分になりました強気でどんどん押していくばかりが攻撃じゃないですよね~。こんな女性の夫を取ろうとしているスカーレット。大丈夫なんですかね~??

アシュリのことだけじゃなくて、何するか分からないところのある女性ですよね~、メラニーって。カッコいいわぁ。。

 

 

土とお金で正気になるスカーレット

タラには、毎日休息と食事を求める帰還兵たちがやって来ました。ある日、近づいてくる兵士の顔を見たメラニーの顔色が急に変わり、走り出します。その兵士は待ち焦がれたアシュリでした。

アシュリはしばらくタラにいることになり、野良仕事で辛い日々を送ります。重い追徴課税に苦しむスカーレットは、アシュリに相談しますが、嘆くばかりで頼りになりません。

しかし二人きりで話しているうちに気持ちが高まってきたスカーレットは、二人でここを抜け出そうとアシュリに提案します。アシュリは「名誉の問題がある。」と拒否すると、スカーレットは泣きだしました。

スカーレットの涙を初めて見たアシュリ。アシュリも若い男性。気持ちが揺らいでしまい、スカーレットを抱きしめキスをしました。

 

私は、この展開になんじゃこら?と思いました。アシュリ、何とも思ってないならそんなことすんなよ!期待するじゃないか!スカーレットはずっとアシュリだけを想っているのに。メラニーの面倒もアシュリが頼むからしているだけなのに!と、こんなスカーレットみたいな女性、好きじゃないですけど味方になってしまいました。

 

鴻巣さんによると、スカーレットには隙あらば迫ってこられる一方で、子供好きな妻メラニーには、子作りを迫られていたが、メラニーは体が弱く、医者から夫婦生活を厳禁されていたという、アシュリはなかなかつらい状況を原作では描かれていたそうです。

 

だからってスカーレットにキスしたらだめですよね!?

 

 

鴻巣さんは、このラブシーンの先を紹介していました。

結局アシュリには振られるスカーレット。「もう私には何も残されていない」と嘆きますが、アシュリは「あなたにはまだ<タラ>の赤土があるじゃないか。」と言って赤土を握らせる。そこでスカーレットはハッと我に返るんだそうです。

鴻巣さんは「スカーレットは、土とお金を握った時正気づくんです。赤土の大地を、自分がどれだけ手放してはいけないかということを、一瞬にして正気に返るわけです。」と解説。

面白いです。

 

鴻巣さんはこの土地への思いは、序盤に出てくる父ジェラルドの言葉とも呼応していると言います。

「土地こそがこの世でただひとつ価値をもつものだ」

「なぜなら、この世で確かに残るものは土地だけだからだ。ときには命までも懸けるに値する唯一のものなのだ」

という言葉です。

 

アメリカの住人は多くの人が移民。土地への愛着、つながりをどこかで保っていないと、根無し草に陥ってしまう。

この物語のタイトルにも土地への強い思いに根差している。と鴻巣さんは言います。ここでスカーレットがレットに捨てられた時の心の中で浮かんだ言葉を紹介。

「<タラ>の屋敷は無事だろうか?それとも、ジョージアを席捲した風と共に去ったのだろうか?」

屋敷や畑、人々は去っても土地だけは残るはずだという思い。オハラ家はアイルランド出身ですが、長い苦労の上に手に入れた土地なので、執着、愛着が人一倍強い。開拓した土地、土が一番大事。というのです。

 

 

人の夫になってもなおずっと思い続けているアシュリよりも、タラの大地の方が大事。スカーレットの並々ならぬ思いを感じました。

 

南北戦争後の再建時代に学ぶ

ここでもうひとつ「風の共に去りぬ」で描かれているのが、戦後再建しようという頃に支配者の都合でルールがコロコロ変わる所が描かれています。

その部分を鴻巣さんは、今改めて読んで欲しいと思っているそうです。

南北戦争がなくなって奴隷制度がなくなったのは絶対的に良いこと。正義。多くの人にとってユートピアが訪れたいう鴻巣さん。

しかし反面、ひずみが出て統制や管理が行き過ぎると抑圧される人々が出てくる。「風と共に去りぬ」でも政治汚職、不正選挙、略式裁判での処刑が横行する様子が描かれています。

ミッチェルは北部を糾弾するとか南部が悪いとかを書きたいのではなく、どんな国家、どんな共同体でも、人が集まるところにはディストピア的な社会機構に陥ってしまう危険性が常になるということ。

そういうことを私たちは今の目で、批評的に読むべきだと語ってらっしゃいました。

 

私はこの言葉を聞いて、この前まで「西郷どん」をやっていたせいか、明治維新を思い出しました。武士の世を倒し、庶民が政治を動かしていく。けれど、その追い出された武士の行き場はなくなり、各地で反乱が起こったりしてました。

 

今回の副題の「アメリカの光と影」ですが、アメリカだけじゃなくどの国にも当てはまります。

私は映画を観たきりで、頭に残ってるのは、スカーレットの性格や映像のスゴさばかりでしたが、改めて鴻巣さんの話を聞いて、物語を読む視点について教えられました。

 

次回、第3回「運命に立ち向かう女」です。

スカーレットが嫌われないのはミッチェルの文体?ということで話が進むようです。

次回も楽しみです。

 

第2回の再放送は、16日水曜昼12時からEテレで放送予定です。

龍真咲さんの朗読がいいですよ~!!是非観てみてください!

 

 

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