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にっぽん縦断こころ旅2019秋を観た感想*京都府1日目京丹後市*絵のように美しい湊の海岸の風景

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BSプレミアムで放送中の『にっぽん縦断こころ旅』2019秋。

『にっぽん縦断こころ旅』は、俳優の火野正平さんが視聴者の方のこころの風景を自転車でめぐる旅番組です。

10月14日~10月18日は京都府です。

www4.nhk.or.jp

放送時間は、朝版」が月~金7時45分~7時59分朝版」再放送が11時45分~59分の15分番組。とうちゃこ版」が火~金夜7時~7時29分の30分番組。「とうちゃこ版」再放送が土・日朝11時~11時58分に2日分ずつ放送です。

868日目、京都府1日目は京丹後市の旅

10月15日放送分、京都府1日目は、京丹後市久美浜湾が見えるかぶと山展望台でオープニングでした。

 

正平さんは「仕事で京都が長くて、あっちこっち行ったつもりだけど、知らなかったこんなとこ。ええとこやね。」と言っていました。

『こころ旅』で京都となると、正平さんの知ってる所ばっかりでしたが、京丹後市までは遠征していないようです。

正平さんでも知らないところがまだあったんですね!

 

お手紙の内容

今回のお手紙は、千葉県四街道市のの93歳女性から。

今から80年前。お手紙の方は女学校の臨海学校で、京都府の丹後湊という海岸に三夏行きました。

そこは日本海側の海岸の村で、およそ海水浴の客は見かけたことのないところだったといいます。

京都駅から山陰線に乗って、丹後神野というところで降り、湖のような広い入り江を船で渡り、湊という小さな集落に着きました。

そこの小学校の教室に畳を敷いて寝泊まり。一週間か十日間の合宿生活だったそうです。

昼間は波の静かな内海で泳ぎを習い、波の荒い外海は波と戯れる遊び場のようだったといいます。

沖にある小さな島まで遠泳もあったとのこと。

青い松林、白い砂丘。絵のように美しい海岸だったそうです。

もう80年も昔の思い出ですが、あの美しい風景をもう一度見たいと切に願っています。というお手紙でした。

 

Bカメとファンの方にサービス

湊宮という集落は、展望台から見えました。遠泳に行ったという小さな島も見えました。

お手紙に書かれてあった船着き場のあった丹後神野駅は、現在は小天橋駅と名前が変わっており、まずはその小天橋駅を目指してスタートしました。

 

湾沿いを走っている時に正平さんが「Bカメにサービス!」と言って、さっきまでいたかぶと山を振り返り、かぶと山にいるBカメさんに向かって手を振る正平さんとチームこころ旅のスタッフさんたち。

かぶと山はその名の通り、かぶとの形をしていました。

 

しかしその前に堤防に座っていた男性と、男性に抱っこされた赤ちゃん、若いお母さんが3人で停まった正平さんに向かって追いかけてきました。

Bカメさんに手を振ったのを、自分たちに振ったのと勘違いして追いかけてきたのかも?と正平さんたちは3人が追いつくのを待ってあげることになりました。

お父さんらしき男性が赤ちゃんの小さな手を差し出し「握手してやってください。」と言い、正平さんも握手してあげてました。

お母さんも、お父さんも握手してあげてました。

「ありがとうございます!田舎に住んでてよかった。」と、若いお母さんは大喜びしてました。

正平さんに会えてよかったですね!!羨ましい!!

Bカメさんにもファンの方にも大サービスでした。

 

丹後神野駅(現:小天橋駅)の桟橋へ

 続いて、お手紙の方が着いたという丹後神野駅、現:小天橋駅へ立ち寄りました。

正平さんは「丹後神野駅」だった証拠を探しに周りを見渡しましたが、スタッフさんが、駅舎の壁に「丹後神野駅トイレの利用について」という看板を見つけてくれました。

丹後神野駅だった証拠です。

 

ただその看板の内容が「夜間、排便をされる事例が多く見受けられます。」という内容。

「どういうことやねん?これ。夜するなよ。」とツッコんでました。

どうも駅舎が早くに閉まるらしく、他の公衆トイレに行って欲しいという内容でした。

駅のトイレでするなってこと??

夜は電車が到着しない駅なんですかね~??

そんな駅にトイレがあるのに他でしろなんて、辛いですね…。

 

 気を取り直して、お手紙の方が船に乗った桟橋を探しました。

桟橋は駅の正面にまっすぐ伸びた道の先にあり、住宅のあいだから海が見えました。

チャリオで桟橋まで行く正平さん。

「これは駅から船は近かったな。桟橋新しいな、これは。80年前は違ったじゃろ。」と言って、桟橋の手前でチャリオを降りて桟橋の上を歩きました。

 

駅から本当すぐの場所に桟橋がありました。

「船だと近いよね。」と言う正平さん。海を隔てて正面に湊の集落が見えました。地図で見ると確かに、陸を通っていけば遠回りになりますね!

船があったら早く行けたんでしょう。

 

ロケ日は台風の影響で波が高くて、船で行くには危険だったかもしれません。

 

正平さんたちは強風に吹かれながら、海沿いに湊を目指しました。

 

…と、「朝版」はここまでです。

 

 「とうちゃこ版」では、駅舎の中に入って駅にいた方に“丹後神野駅”の痕跡が何かないか?と尋ねていました。

駅の方によると、スタンプしか残っていないということで、正平さんは“TANGO KANNO STATION”の名が書かれたスタンプを押していました。

GoogleMapに投稿された写真の中に“丹後神野駅”と駅舎に書いてある写真が何枚か投稿されていましたので、もし痕跡を見たい方がいらっしゃったら、こちらをどうぞ。↓

 

 

あと、船で渡っていたのは、道路がなかったからではなく、ずっと前から道路はあったが、車が普及していなかったので船の利用が多かったとのこと。

80年前から道はあったのかもしれないです。

 

合宿した小学校跡地へ

強風が吹く中、湾沿いにチャリオで走る正平さん。「たすけて~ひえ~.止まってしまう!」と言いながら走り続けました。

途中で小天橋施設案内マップを見つけ、お手紙の方が合宿をしたであろう小学校の位置をチェック。

湊小学校というのがあったので、そこを目指して再スタート。

小学校へ行くまでの道中で、旅館がたくさん立ち並んでいました。

立派な旅館が多く、中にはかに料理の店もありました。

 

そしてグラウンドが見えて、お手紙の方が合宿したであろう湊小学校へとうちゃこ。

現在はロープが張ってあり、校舎が残っていて壁に「ありがとう」の文字と、「平成25年3月31日」の文字が。平成25年で閉校したようです。

 

許可をいただいて敷地内へ入り、校舎を外から見ました。

入口の窓ガラスの上の部分に、子供達が海で泳ぐ様子と、船に乗って声援を送る人たちが描かれた絵がはめ込まれていました。

「これはこの学校の子かな?それとも臨海で来た子かな?遠泳のあれだな。おーいがんばれ~って言ってる。」

お子さんみんなで描いたのか、遠泳の様子がよく分かる絵でした。

お手紙の方も遠泳の様子を思い出されたでしょうか?

そして湊小学校に80年前の面影はあったのでしょうか?

 

こころの風景

次に小さな島まで遠泳があったという外海へ向かいました。

外海には駐車場があって、結構人がいました。

 

チャリオはここでとうちゃこ

遠泳で行ったという小さな島は遠かったです。

砂浜ヘは歩いて入りました。とても大きな広い砂浜でした。お手紙に書いてあった通り白い砂の砂浜でした。

 

人がいるところを避け、波打ち際まで歩く正平さん。台風の影響の強風で、波が高かったです。

沖にある島を見ると、手前にウィンドサーフィンをしてる人がいました。

 

正平さんは砂浜に座り、お手紙を読みました。

 

いや~浜は今だってきれいだよ。白い砂で。これは変わってないんだろうな。

と言う正平さん。

 

本当にキレイな海岸でした。

遠くにある松林の青、白い砂浜。お手紙に書いてあった通り、絵のような美しい海岸でした。

海水浴の客は見かけたことないという話でしたが、結構人が来ていて、旅館もたくさんあったし、今は人が集まるところなんでしょう!

今回も『こころ旅』のおかげでキレイなところを見せていただきました!

 

明日は宮津市です。

 

 

 

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